デビュー20周年のイベントが全て大成功に終わり、年の明けた2020年2月4日、KIINA.36曲めのシングル曲となる「母」がリリースされました。今回もカップリング曲の異なる3タイプです。
・Aタイプ母【Aタイプ】 | ディスコグラフィ | 氷川きよし | 日本コロムビアオフィシャルサイト
・Bタイプ母【Bタイプ】 | ディスコグラフィ | 氷川きよし | 日本コロムビアオフィシャルサイト
・Cタイプ母【Cタイプ】 | ディスコグラフィ | 氷川きよし | 日本コロムビアオフィシャルサイト
KIINA.の歌唱については、シンプルで美しいMVがフルバージョンで公開されています。
歌詞は歌ネットより。
リリースが告知された際のニュース記事が音楽ナタリーのサイトに残っていました。
氷川きよし、ニューシングル「母」発売(コメントあり) - 音楽ナタリー
なかにし先生とは、2012年の「櫻」「出発」以来になります。KIINA.は2017年3月BS-TBS放送の「なかにし礼が語る 昭和の流行歌大全集」という番組でご一緒し、「影を慕いて」や「同期の桜」を番組の中で歌っていました。
おそらく、この番組がきっかけで先生に「母」一文字での作詞をお願いしたのでしょう。
実は、この番組に先立つこと8年前の2009年、なかにし先生はNHK-Eテレで「不滅の歌謡曲」というタイトルで8週に渡って日本の歌謡曲の歴史を紐解いて解説してくださいました。
その番組を見ていたので、これまでなかにし先生の作品を何曲も歌ってこられた石川さゆりさんと並んでKIINA.が歌い手として指名されたことがとても嬉しかったのです。
KIINA.はカラオケ誌のインタビューでもう少し詳しく心情をお話ししています。
「21年めはゼロから始めたかったんです。過去に積み上げてきたものを一回リセットして、私を生きる…というテーマで、ありのままの自分で歌いたかったんです」
「そもそも僕が歌手になったのも、母に楽をさせたいから、というのがあったんです。母はいつも僕を許してくれて、"ありのままで良いのよ。自分らしく人生を生きなさい"といつも応援してくれています。その言葉が、常に僕が一歩踏み出せる力になっていたんです」
作曲してくださった杉本眞人先生とは「"きよし、お前の歌を作りたいんだよ"と言ってくださっていたんです。先生のメロディーって、心の中にすごく入ってくるんです」
実は、曲が出来上がってみると杉本先生ご自身が歌って大ヒットした「吾亦紅」とあまりにも雰囲気が似ていて、それを若草恵先生が全く違う雰囲気にアレンジしてくださった、というようなこともあったようです。
レコーディングに立ち会ってくださったなかにし先生から「この歌は自分の母がベッドの上で亡くなる寸前で、なんとか生きてほしい…という気持ちで歌ってほしい」とアドバイスされたそう。
KIINA.はデビュー間もない頃、お母さまが大手術をされて、側に駆けつけたいのにままならない状況で「ドドンパ」という明るい歌を歌わなこればならなかった、とても辛かったと折に触れてお話ししていましたから、この「母」の歌唱からはそんなKIINA.のお母さまへの剥き出しの愛が技巧を超えてストレートに伝わってきます。
現在行われている「リクエスト・ベスト」の中間発表で「母」が17位にランクインしていましたね。
決してKIINA.とお母さまだけの物語りではなく、聴き手の一人ひとりが子として母から受けた愛情を噛み締められる、そんな普遍性をこの歌が持っている証ではないでしょうか。
自分自身を振り返ってみると、「母」のリリースはちょうど高齢になった母を「冬の間だけ」と説得して東京に呼び寄せ、その後色々な事情から近くの施設に入ってもらった、そんな時期に当たりました。
その最中にはあまりに慌ただしくて「母」と我が身を重ねて考える余裕はありませんでしたが、母が亡くなってから「いつ如何なる時も子どもの幸せだけを願っている人だったなぁ」と、しみじみと様々なことが思い出されます