ウクレレとSwing(スヰング)音盤

ブログは「ほぼ隔週月曜更新」を目安に、のんびりやっています。レコードやCDはすべて趣味で集めたもので販売はしていません。

Invitation to Hawaii (1969) / Herbert I. Ohta & Kaimana Islanders

2023年01月30日 | Ohta-San - Vinyl

邦題『ハーバート太田とカイマナ・アイランダース 唄: リンダ・グリーン / ハワイ ウクレレの魅力のすべて』1969年、ミノルフォン (Harvest Records)よりリリース。ミノルフォンとは60年代創業の日本のレコード会社で、後の徳間ジャパンである。よって後年、徳間ジャパンコミュニケーションズから本盤もジャケットを変えてCD化もされている(TMC-1001)。自身のグループを連れて来日した際の吹き込み、という事であるから恐らくはリンダ・グリーンも帯同しての公演であった事だろう。

メンバーは以下:
リンダ・グリーン(ボーカル)
ジェームス・イトビアス(ギター)
ロビン・パラス(ベース)
ジョージ・オキモト(ドラム)
日本から、小沢恒(スティールギタ-)が客演している。

さて本盤、英語クレジットのHerbert I. Ohta = Herbert Ichiro Ohta つまりオータサン本名のフルネームである。ボーカル担当のリンダ・グリーンはハワイの歌手だが60年代の時流に乗って『Surfing Village』というグループサウンズ(ロック)の45回転シングル・レコードも出していて、なんとその作曲がオータサン!またオータサンの楽曲をフィーチャーしたLP『Shades Of Green』も1970年代にリリースしている。どちらもオータサンが専属だったSurfside Recordsからのリリースという事でオータサンとはこの時期に縁が深く、他にも別のロックバンドと組んでのシングル盤や、有名なハワイ歌謡『ちょっと待ってください』を日本でシングル盤をリリースするなど、この時期多方面に活躍したハワイの女性歌手だ。

A
1 南国の夜
2 ワン・パドル・トゥ・パドル
3 ハワイアン・ウエディング・ソング
4 マウイ・チャイムス
5 可愛いフラの手
6 ブルー・ハワイ
7 あなたのことばかり

B
1 真珠貝の歌
2 ナ・レイ・オ・ハワイ
3 ラハイナ・ルナ
4 ヒィラヴェ
5 珊瑚礁の彼方
6 小さな竹の橋
7 アロハ・オエ

演奏はいつものハワイでの吹き込み盤と比べるとオータサンのウクレレが控え目で、バンドのアンサンブルを重視したアレンジとなっている。当時の日本のハワイ音楽リスナーの好みに合わせたものだろう。選曲は多くの和製ハワイアン音盤と同じく、典型的なハワイアンの名曲レパートリー集となっている。こんなにどの音盤も同じような曲ばかり取り上げていたら聴衆にすぐ飽きられるだろうに、と今の感覚だと老婆心ながら思ってしまうのだが、恐らくは当時の日本のリスナーが求めるものもまさにこうした知名度の高い名曲集の演奏だったのだろう。なにしろレコードという音楽コンテンツがとても高価な娯楽だった時代のこと、当時のレコードは一過性の消費アイテムではなく、大切に何度も何度も繰り返し楽しむためのもの。本盤もなにしろ定価1,700円である。参考までに一説によると当時の貨幣価値の換算式は以下のようになるらしい。

消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)102.3(令和元年)÷24.4(昭和40年)=4.2倍 

本盤は装丁も豪華で、見開きのダブルジャケットに冊子風のカラーイラストでハワイのイラストマップ(「ハワイ諸島パノラマ・ガイド」)が印刷されている。この時代にハワイ旅行に実際に行く事のできる日本人はまだそう多くなかったろう。オータサンの奏でる音楽と相まって、レコードを手にする当時の若者を夢のハワイへと誘ってくれたはずだ。

収録楽曲の全曲紹介、オータサンのバイオグラフィー紹介、さらにはハワイ語の小辞典とアイデアをこらした、大変に夢のある楽しい内容。こんな企画、現代の日本では通らないだろう。いやはやミノルフォン、良い仕事してますねぇ。





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Fascinatin' Ukulele (1967) / Herbert Ohta

2023年01月16日 | Ohta-San - Vinyl
1967年リリース、日本コロムビア(YSS-10010-JC)。邦題は『魅惑のウクレレ  / ハーバート太田(ウクレレ)』。90年代のCD時代に入って再デビューする以前、レコード時代の日本におけるオータサン吹込み盤としてはビクターやポリドール盤が既に拙稿でも紹介済だが、こちらはCBSロゴ入りの日本コロムビア盤7インチ、4曲入りEPである。1966年11月の来日時に吹き込まれたものと明記がある。

1961年からLPレコードの高品質の印として使用された「360°SOUND」のマークが本盤ジャケットにも使われている。また1967年6月30日にCBSは日本コロムビアとの提携を解消するも、日本コロムビアにおけるCBSレーベルの使用権は提携解消後、約1年間の猶予期間があったというから、1967年5月の日付記載がある本盤はまさにその直前のリリースだったようだ。

伴奏の演者に関するクレジットは見当たらないが、楽曲紹介の中でB-2を「バックをつとめる平岡精二のオリジナル」とあり、ハワイSurfside Recordsでこの時期タッグを組んでいた平岡精二氏がここでも伴奏と制作に関与していたことが伺える。スチールギター入りのハワインアンバンド編成ではあるが、平岡氏は和製ジャズのビブラフォン名手であり、サウンドからもその演奏を聴きとることができる。

SIDE-A
1.お嫁においで (言うまでもなく加山雄三氏による前年の大ヒット曲)
2.ポカン・ポカン(多くのCMソングを手掛けた三木鶏郎の作)

SIDE-B
1.タイニー・バブルス(ハワイアンの定番曲、録音当時の最新ヒットだった)
2.霧の渚(平岡精二氏の作)

定価500円。録音特性RIAA



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ウクレレ ラテン・ムード (1963) / ハーバード太田のウクレレとラテン・コンボ

2023年01月02日 | Ohta-San - Vinyl
オータサンが本国アメリカ・ハワイでレコードデビュー以前の、軍役で日本駐在中に日本のレコード会社に吹き込んだ数枚の10インチ音盤の一つ。ビクター盤は63年の本作と、61年の「南の夜のウクレレ・ムード  /ハーバート大田とハワイアン・オーケストラ」があるが、のち2000年に「Ukulele Masters in Japan 1960-1964」というコンピレーションに再編されてCD化が実現している。本盤からの音源についてはA-3, B-1の2曲がCD化の際に収録時間の制約により選曲から漏れてしまった為、ここでしか聴く事ができないという事もあるが、なんといってもこのジャケットには抗しがたいコレクター欲をそそられてしまった。28歳の若き日のオータサンが波止場らしき場所で、愛器マーチンM-3を抱えた勇姿である。

61年「南の夜の・・・」はモノラル盤(CD化の際にステレオで復刻が実現)、本盤はジャケットにも大書きされているようにステレオ収録というのが大きなセールスポイントであったようだ。当時の定価は1,300円。内容は「ラテン、ジャズのスタンダード曲を中心に、ピアノ、ベース、コンガ、ボンゴをバックに演奏しています」とライナーノーツにもある通り、ジャズ色の強いセッションとなっている。本作と同様、オータサンの除隊/ハワイ帰島前に吹き込まれたポリドール盤「南国のリズム ウクレレは歌う  / ハーバート太田(ウクレレ) 山口銀次とルアナハワイアンズ」が和製エキゾチカであったのに対し、本盤では本格的な和製ジャズを聴く事ができる。本国デビュー前にして既にこの成熟した音楽性、はじめから只者でなかったのだという事が分かる。

レーベル:ビクター (SLV-34)
プロデュースや演者は不明

SideA
1. ベサメ・ムーチョ
2. ムーン・イズ・イエロー
3. ハウ・ハイ・ザ・ムーン → CD化の際に未収録
4. イエスタデイ

SideB
1. ナイト・イン・チュニジア → CD化の際に未収録
2. クマーナ

特に「ナイト・イン・チュニジア」はアルバムを通しての聴きものだと思うが、ジャズという事でCD化の際には選に漏れたのだろうか。
内袋にはビクターによる教育助成金(ベルマークと同じシステム)の説明が。ビクターのレコードを買ってマークを集めてPTAで集めると、学校や児童福祉施設に音響機器などが贈られたという。古き良き昭和。
ハワイ帰島後はカーネギーホール出演を含むアメリカ全土の演奏旅行が決まっているとあるが、米軍関係の公演だろうか。或いはこれが噂のエド・サリヴァンショー出演時だったのか。果たして夢の公演旅行は実現したのだろうか。ハワイ帰島後のオータサンはアメリカ本国Decca、ハワイではHula Records傘下のSurfsideよりアルバムを制作しウクレレ最高峰のプロ音楽家として長いキャリアがスタートするのだが、本盤はその前夜の貴重な記録である。


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