岐阜多治見テニス練習会 Ⅱ

寝袋そして眩暈

「好日山荘」の店員が「実際にやってみましょうか」と言った。
僕は見たかった。
僕らは寝袋を持って、ザックコーナーへ移動した。
店員はまず寝袋をザックの中へ縦に入れ、
それから端を押し曲げて、
ザックの底に横に収納した。
きっちりと収まった。
マジックだ。
コロンブスの卵だ。
荷物をどのように〈詰め込むか〉、
これは重要な問題だが、
柔軟に発想しないと、
こういう鮮やかな解決法は見つからない。
もし、この時、
教えてもらっていなかったら、
僕は寝袋を縦に入れていたか、
ザックの外側にくくりつけていたか、
このどちらかだろう。
何事にも骨がある。

ついでに、
「好日山荘」の片隅で僕が感じた一瞬の至福について。
僕がジャケットを物色していると、
可愛い女性店員が、
接近してきた。
試着してもいいと言ってくれた。
僕が自分の上着を脱いで、
商品の試着をしようとすると、
彼女は僕に商品を取らせずに、
ハンガーを抜き取ると、
僕の背後に回り、
僕に対して手を入れるだけで羽織れるようにしてくれた。
この一瞬、僕がどれほど深く幸福を感じたか、
分かってもらえるだろうか。
こんな細かな配慮を僕は未だ嘗て一度も女房から受けたことがない。
小津安次郎監督の「東京物語」だったか、
あるいは、他の作品だったか、
こういう場面があった。
笠智衆演じる父親が会社から帰宅すると、
原節子演じる娘が父親に背後から着物を着せる、
そうだ、あの場面だ。
あの場面が、瞬間的に、その時の僕の脳裏に蘇った。
と同時に、
その場で、僕は甘い眩暈のようなものを感じた。
あの瞬間、僕は世界中の誰よりも彼女が好きになった。
一瞬の陶酔だからこそその美が永遠になる典型だ。
我に返った時は、
僕はその5万円のジャケットを買っていた。

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