uezero*

日々のこと、関心ごと、考えごと。

ハロウィーン・バスで行こう

2019-10-29 | 日記

ふだんから負担の少ない姿勢を目指そうと、

借りた図書館本に載っていた全身骨格図から得た 正しい体の使い方を

ハロウィーンバージョンの拙いイラストでお届けです。

ずっとは無理ですが、イラストの緑の点を天に向かって一直線に保つよう、近づけるよう度々心掛けると

最初はあちこちが突っ張ったり、安定せず筋肉使いますが、それも慣れてくるとかえって楽になる

徐々にですが そんな時間が長くなって更に楽に過ごせてきた と実感中の、体の使い方になります。

 

健康のために簡単な気功を教わっていますが、猫背だと気の回りが悪くなるらしく注意受けた。

20年来の腰痛症に頚椎症、レントゲン上では派手に曲がる側弯もあり

姿勢どうこうなんて、かえって傷めると諦めてましたが 

そういうことじゃないらしい。

現状をよくする都合上、それはこの際どーでもいい。と気持ちよく一蹴されたので

そうかそうか、挑んでいいのか、と試してみる。

鍛えようとちょっと何かするたびに傷めてしまい、

今の仕事ができないレベルになるから(数日間寝込むこともザラ)

手も足も出ません、と諦め癖がついていた。

 

立ち姿勢の感覚を掴むには、

両の膝を地面につき膝立ちすると、自然に真っすぐな姿勢を体感できると

猫背を治す本で読んだことがあるので その感覚を手掛かりに、

骨盤にストンと乗せるイメージにしています。 なるべくシンプルに

 

座り姿勢は 座った時のおしりの中心部にある座骨のでっぱり二か所に

上半身の体重を乗っけるんですが、面で座ってたのが2点に集中するから 普通に痛い。

そして 慣れないとぐらつく。 椅子に浅く腰掛け90度をキープしてみる。

股関節に力込めて腿回りの筋肉をフル稼働で 最初プルプルした。 睡魔が寄ってこないオマケつき。

実際 尻回りの筋肉をまともに使ってこなかったことが よくわかりました。 

たるませ放題だった お恥ずかしい。

 

特に下半身、動きに必要なパーツが少しずつ目覚めてくると 動作も伸びるようになる。

使わずに怠けさせ その場所の感覚が自覚しづらかった状態から、

力を入れ始めることで 感覚が戻ってくるものだと実感しました。

 

いざ 体中のパーツの感覚を順に意識しようとしたとき、

いつも勢いで動かすことに甘えていたせいか

マインドフルネスやヨガでやるという内観をやってみようとして、だいぶ難しかったことがある。

安静時の二の腕の前側、とか 急に意識を集中できずにドコ?と探る自分に唖然とする。

どうすべきかわからなかったけど 意識と体の隔たりの大きさに危機感を覚えました。

単に動かせってことだったかー。

 

 

今はおかげさまで、腰回りは意識するとすぐにわかるようになりました。

下半身が整ってきたら上ね。

体なんて使えればOKと思ってたけど、気にかけないうちに能力落ちてくるんだな…

劇的に良くはならなくても ほんのちょっと楽に、を目指したいと思います。

 

 

                         そろそろ防寒対策が必要かで悩むところ。

 

 

そうだ、来月半ばから行くパート先が決まりました。 安堵です

一先ず よかったよかった。 それに、ちかいちかい。 気が楽。

面接日は上陸しなかったけど台風通過のさ中だったし、ヒヤヒヤしました。

電車動いてるなら行かないと、ってなりますもんね。 店内は暇そうで良かった。

対応してくださった採用担当の方たちは 

人を束ねるサポートがしっかりされていて話しやすそうな感じでした。

勉強になりそうです。

 


do your best

2019-10-26 | 日記

 

高架下が金木犀の壁でびっしり詰まったかのような、見事な生け垣が近所にあります。

私が生まれたころにはもうあったのでは。というくらいの。

圧倒される。残念なのは高架下につきものの薄暗さで、気づかれにくいこと。

ああそうだ、と見に行くと あのかわいいオレンジたちがもう疎らになっている。

花びらの線がくっきりと分かれない、曲線の十字型はいつどこで見ても完ぺきな模様みたいで。

なのに小さい。

高架下のように、電車が走る場所を頭痛がするからと避けなくて済むようになったのが

ほっとするような、イヤ まだ慣れずに戸惑っています。 

離れなきゃ、、じゃないのか。。っていう 独り言が増え 傍目からして危ない人。

でも深く考え込むことを禁止されている。体感で慣れろって感じなのかな、とそこも手探りです。

今の常識だと説明不足って不親切と捉えがちだけど、説明がつくことってかえって、

大して働きかける力も 変化も無いのかもしれない。

 

いちいち考えないことにも少しづつ慣れてくるとメリハリがつくのか

頭が疲れにくくなる気がする。 そうすると やろうとすることに没頭する元気ができます。

 

 

気温の冷えから 腰が痛いなぁ。と感じることが増えてきた 早くも10月後半。

そういったわけでは 怒涛の一か月でした。

ここ数年間の 制限が付きだして 宙に掬い取られた浮遊状態の暮らしから、

地上に戻った蟻の気分です。軟着陸して唖然としている。

我に返る。 ご飯食べないと。 蟻は蟻の暮らしに戻らねば。 

何者に何の理由で摘み上げられたのかを考えても 与えられた寿命が尽きる。冬が来る。

ひとまず 腰痛のケアと冷え性、生理痛のも、 できる限りしてみようか。

 

 

ところで 課題をまた抱えています。 

できる仕事が販売だとした場合、あなたがその店に入って何が変わるか。

生息してるだけじゃだめなの? と 息して存在してるだけで手いっぱいだった感覚は思う。

扶養控除ありの社会参加すら、夢の夢くらいの状況に半年程陥った。

 

その半年以上前の状態まで 強引に引き戻される。

何が得意だ、な 人生相談じみながら 気功治療を受ける4日目。

「なんだったのあれ」な感じのまま終わった感触でしたが(失礼しました)(でもいつもそう)

その日から 馴染んだ(無理やり諦めた)段階じゃなくなることを示されてた。

 

ある意味 暗示っていうか誘導ていうのか 

1個の現象、って感じでいるので表現すると大袈裟ですが。

そのちょっと先に 進むなかで戸惑うことの手がかりをぽっと出されてる。

自分の場合の経験談を話しながら。

 

 

時差のある発破を 仕込まれた感じです。

多分、その段階で真意を知っても潰れたので。 今の状態なら行ける、って実感がないために。

今、無意識下レベルのところで化学反応を起こしてる。 

なにかがメキメキ動いてます。(←錆つきによる軋み音のイメージ)

ラッキー、と思ってほっておく。見てみないふり

体に馴染ませ、任せることの時機を 今じゃないかもな、と何となく感じ取る。

 

 

わからないけれど

頭で考えて納得することから入る 運動、健康面の調整は

どうも感覚に馴染まず 私にはなかなか辿り着けない遠回りだった。

いま取っ掛かりをもらったから、良し悪しは他に任せて、なるべくうまく使う。

使いこなせなくても覚えておく。

 

昨日、はじめましての人に会った。

気の毒がられず労わられず 普通に。 

その、ふつうに居合わせることが困難になりつつあったから 生還を果たしたことになる。

ここで、大切なのは しれっと戻ること。

わたし、ずっとここにいましたが何か?な空気を醸し出せたら上級者。 は 遊びすぎですが。

 

勧められてる気功(太極拳に似たゆるやかな動きをする10分程度の運動)や

マインドフルネスでも流行ったような15分程度の瞑想を

DVDで見た範囲ながらも 少しづつは消化できるようになってきて(まだ細部はスルー)

しゃがみの深さと角度を近づけ、ゆっくりの速度に厳密に合わせようと詰めてくことで

立つとき座るとき、動作中の姿勢の取り方が格段に良くなってきました。

緩むと戻るけど、あまり無理に意識せず 

真っすぐにしたにした方が調子がいいと実感できるときは可能なだけ維持するように。

気が張るとピンとする段階に入ってます。 緊張のタイミングがわかりやすいかも

 

瞑想はなかなか無にはならない。

あれはどういうことだったろう、と考えてしまう。

それでも頭の整理にはなるのか 目を開けるとスッキリしているので、

一回の効果が出せなくても、やらないより元気になります。

気が済むと無心な狭間も数分程度ながら増えてくるようです。

ただ姿勢の安定(筋力面も)あるので、不要な力が抜け始めたら楽になってきた。

 

 

それとなく、徐々に 無心で取り掛かるべき作業が増えてきました。

結論わからないけど、全部頭で吟味し指令を出すものと決めつけていた

思考がフル稼働で負担だらけの状態から、 

今いること、いらないことを自然に仕分けできる状態になってきた感じがします。

頭の中に、 風が通り抜けそうな軽いスペースができた。

 

過程として忘れないうちに記しとこうかな的 中途報告になりますが

図々しく公開してしまっててすみません。 一般人なものでお許しを。

同じような辛さで困る誰かの 役に立つこともあろうかとの覚書のつもりです。

今は総括が難しいえまた寝かせてから、そのうち纏めてみよう。

40代にとってはシュールな手鏡がダイソーに。

そういう意味じゃないだろうけど笑ってしまい つい握りしめました。


爆破

2019-10-22 | 日記

また、プラスチックみたいな葉をした、

小さな植物苗を連れ帰りました。

鉢がないので暫くお待ちください。←多肉に言ってる

葉の厚みで水やりの頻度が違ったりするので、

育てのビギナー(多肉の力強さに支えられて年数だけは経っていますが)は 

それぞれ個室に収まってもらいます。

それでも徒長させたり(日光不足)、水やりの加減を間違い萎びたり(少ない)

葉が疎らになったり(多すぎ)と なかなか思うようにならない。

 

 

薄暗い空の日が多くて このところ月が見れず 

雨も度々降るので、台風に荒れた近所の河原はまだ整いそうな予感がしません。

 

今月初旬からワンセットだった4回目の治療が一通り 一応は無事に終わり

少しでもいいから 仕事しろ、との指令を受けました。

そうかそうか。

この2週間半ほどの期間、いきなり 

症状を一切忘れるように言われていたので(ぶり返すから)

それを守ると 短期間であっても無関係に、こんな感じになります。

言いなりって。とプライドがない感じで笑えるけれど、

するべきことを不必要にいじくり回して遊ばないで済むのは 楽でもあります。

散々 図書館で掘り起こしてみたマインドフルネスの本によく指摘されてあった

「今」そのものと対峙する姿勢 が極端な形にするとこうなるのかもしれない。

現実はなかなか、そんな穏やかにはいかないけど

わざわざ、その役を買って出てくれているわけです。身内でもなしに。 ショック療法

そう考えると ありがたいです。

毎回 のんびりした呑気モードを激しく怒られるけど(叱咤激励?)

伝えたいことがあるジレったさの表れと察しているので、ひたすら顔を見て探る。

機嫌の悪さから 相手を蔑ろにする類の、理由のわからない怒りではない。

理由がある感情。自分のために真剣になってくれる。 それは何より力づけてくれる。

で、感心して見入ってる。←怒られ続けるわけだ。

ただ先週末の講習会に参加してみたら、みんな怒られているそうで少し安心。

 

結局 半分は自分の武勇伝になるけども、だ。(けど面白い。)

販売をやるなら売り込まんかい、的な説教になりました。


多摩川の堤防に植わるブラシの木(ボトルブラシみたいな赤い花が咲く樹木)の種をみつけたので

出来損ないのチビ団栗みたい、と持ち帰ったところ。。。↓        お隣はイヌ柘植かな?と勝手に思っている  

大惨事が待っていました。

そうなのか、はじけるのか~

そして 草花の種みたいに小さい。 これがあんな人間より背の高い樹木に?

と慄いています。

 


ちいさくふたつ。

2019-10-17 | 日記

 

奥の 斑入りっぷりが気になったコダカラ(すでに脇芽が)と、 

手前の銀色のは 千代田の松と書かれていました。

ふたつでも200円台って。 

そりゃ小さいけど、binbow人にはため息ものの ありがたい趣味。

葉は少し尖りめですが、全体的に厚みある多肉でありながら

どの点で松の名がついたのか不思議ですが、付き合ううちにうっすら実感できたら面白いな。

その機会がなかったら名前を忘れてしまうかもしれません

葉がよく陽に当たると防御のために出るらしい白い粉の模様が、全体を水晶のように見せてるような。

葉の成長で刻まれるようだとか。 軌跡なわけですね 

触れると取れてしまうのが難点で、雑に水をかけられない

コダカラさんは、なにかこの佇まいからは想像もつかない ちょっと凄いことになりそうな。

忘れよう。

 

朝 いつも歩いてきた多摩川の河川敷は一面に泥が溜まり

見てて少し悲しくなる荒れ方でしたが。

決壊する可能性が高いことを伝えるニュースが 頻繁に繰り返されたこともあり

今日でもここを通る電車の窓から 緑地の様子を覗き込む乗客の姿が見られました。

それでもだいぶ乾燥したのか、 重機の音が騒がしく響いています。

 

よく通りがかりに挨拶を交わすようになったラジコンや 凧を揚げる人々は

二週間ほどまったく近寄れそうにありませんが。

ウナギやハゼやらを釣る人にとってはどうなのかな。

ダムの放水による増水や 雨で濁った川水の方が釣れるとは聞いたけど

そうか、川底自体が抉られてるか…

最近話すようになった 地域猫に餌槍をし続けているボランティアの中年男性が

台風から姿を見せない猫がいる、と心配している。 ひょこっと出てきてくれるといい。

 

 

自身のes症状がひどくなった春先から、早朝から強まるアパートの電気の流れにも

600メートルほど先を通過する電車にも反応が出て 早寝しても慢性的に寝不足で

ヤケ気味に 体内の除電のためにも静電安全靴を履いて恒例になった5時ウォーキング。

 

こつこつ型の地味な運動が元々苦手で、

ただでさえ睡眠不足で溜まるイライラで暴れ出しそうな心境から逃れようと

季節ごと姿を変え現れる雑草の観察に熱中しました。

そうして集まった いろんなドライ野草。(枯らした椿なども混ざります)

散らないようにと若いうちに摘んだものの 種が弾けて汚染されたこともて数回。

あまりに広範囲で 何が起こったのかと頭がフリーズし、固まります。 これは慣れない

 

河原が狭まり川面が近くなりだす付近でいつも見る 

背の高いちょっと気味悪い柳の樹が無くなっていて、

歩き出す地点に葉もチリチリで樹種のよくわからない大木が

急に現れたオブジェみたいに 堤防の斜面の下半分に逆さに乗り上げかかっている。

風景が変わることの寂しさを感じる。

でも、長い目で見れば 土がよくなるのかもしれない。養分で?

 

夏の間に 収穫時期を狙いに狙い続けたアメリカアサガオ(青紫と水色)の種を

ごっそり収穫してあったので、来年の春 通り道に蒔こうと目論んでいます。

 

ちなみに症状は合った治療に出会えて回復しつつあり、

今後自力で持続させる努力も必要だし 油断はできないが 

こうしてブログも書けるようになってきています。

内容は薄いけど ケアを意識してまた書けるようにします。