アインシュタイン 第三章(3-3)

2020-09-02 22:55:26 | 小説
アインシュタイン
夕凪 鱗

「救助者は5人か…。で、バイクは2台っと」
バイクは二人乗りまでが限界だった。
登士たちも含めて合計7人、4人がバイクに乗って逃げられても3人残る。
「そうだな。じゃあ、救助者の内二人が俺のバイクに乗ってくれ。そして、楽の運転するバイクに一人乗せる」
「登士…!ここに残る気か!?」
慌てる楽を登士が手で制する。
「待て待て。最後まで聞け。俺たちが一人づつバイクの後ろに乗せて移送車に向かっても、全員救助するのに三往復することになる。そうなると、アインシュタインに気づかれる危険性がある」
「そうだけど…」
「だから、俺のバイクには救助者を二人乗せて、自動追尾で楽のバイクを追わせる。そして、楽がここへ戻って来る時は無人で自動追尾を使って俺のバイクだけが戻って来れる。そうすれば二往復で済む」

「だけど…。登士を置いてくなんて」
楽の表情は露骨に嫌だと云っていた。
「頼むよ。おまえだけが頼りなんだ」
登士は楽の両肩を掴み、真っすぐに楽を見た。
「…」
楽はため息をついた。
「わかったよ。登士が、そう言うなら」
「ありがとよ。やっぱり、楽がいると助かるわ」
登士は笑顔で言った。
「本当。登士には敵わねーな」
言いながら内心の嬉しさが顔に出ている楽だった。

「じゃあ、それぞれ乗ってくれ。俺は残った二人がアインシュタインに見つからないように辺りを警戒するから」
「登士。くれぐれも無茶するするなよ」
楽は心配そうに言う。
「何言ってんだ。おまえじゃあるまいし!」
登士はおかしそうに笑った。
「じゃあ、行ってくる」
そう言うと、楽は自分の後ろに一人乗せた。
登士のバイクにも二人乗る。
登士のバイクは自動追尾で楽のバイクを追っていくように設定された。
「気をつけていけよ」
「こっちのセリフだ。死んだら許さねーからな!」
楽が真面目な顔で言う。
「死なねーよ」
登士は笑いながら言った。
「救助者を頼んだぞ。楽」
「わかってる。救助者を降ろしたら、すぐに戻って来るからな」
「ああ。また、後でな」
登士は楽に向けて笑顔で手を振る。
そして、移送車に向かってバイクを走らせる。
登士は楽の姿が見えなくなるのを見ていた。

そして、何かに気づき空を見上げる。
そこには戦闘ヘリがいた。
バイクで走り去った楽に気づき、追跡を始めたのだ。
ヤバい…!
登士は舌打ちをした。
戦闘ヘリは楽に気をとられ、登士と作業員たちには気づいていない。
でも、このままだと楽達が戦闘ヘリに襲われる。

登士は作業員たちを見た。
「俺はここから出て、戦闘ヘリを引き付ける。あんたたちは、ここから出るな。楽が迎えに来るまで隠れているんだ。いいな?」
「待てよ!そんなことしたら、あんたが危ないぞ!」
「そうだ!死ぬ気か?あんた?」
作業員たちは登士を引き留めようと、必死にそう言った。
「俺なら大丈夫だって。これでも元自衛隊員だぜ。あんたらとは違う。戦闘のプロなんだ。そう簡単には死なないさ」
登士は穏やかな笑顔で言った。
「相手は人間じゃなんだぞ。この国でもっとも優秀なAIだ」
「…だとしても、誰かを見殺しにすることなんて、できねーんだ。俺は。今のあんたたちみたいにな」
登士はニッコリ笑って言った。

「…」
作業員たちは複雑な表情をした。
登士を止めたい、でも登士の気持ちもわかる。
それでも登士の気持ちを押しのけてまで、登士を止めたいという程の意志の強さは彼らになかった。
だからこそ、登士を止める言葉が出てこない。
「そんな顔すんなって。俺は死ぬ気はないし。俺がいないとダメな奴らがいるんだ。だから、死ねないんだって」
嬉しそうに笑って登士は言った。

その脳裏に浮かぶのは悠達や楽、そして最後に里那の顔だった。
いつも嬉しそうな笑顔を見せる里那を一人にはできない。
きっと、自分がいなくなれば、里那から、あの笑顔は消えるだろう。
そして、出会った時のように痛々しい笑顔を振り撒くだろう。
辛い気持ちを押し殺して・・。
だからこそ死ぬわけにはいかない。

登士は意を決したように深呼吸する。
そして、穏やかで落ち着いた表情になる。

「あんたたちは自分の命を守ることだけ考えてな。戦闘ヘリをまいたら帰ってくるからさ。時間がない。もう行くかならな」
近づいてくる戦闘ヘリを見上げながら言う。
「本当に大丈夫なのか…?」
作業員の一人が言った。
「俺は戦闘のプロだぜ」
そう言って、笑うと登士は建物の陰から出て行った。

アインシュタイン3-4へ続く

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アインシュタイン 第三章(3-2)

2020-08-30 19:58:00 | 小説
アインシュタイン
夕凪 鱗

焼ける臭いがする。
瓦礫と残り火が目の前に広がっていた。
悠達は焼野原に立っていた。
工業地帯だけあって、他の街と違って工場らしき建物の一部が残っているのが所々に見える。
見る限り、人の気配は感じられない。
「これがアインシュタインの仕業…?ひどい…!」
そう言ったのは里那だった。
今回、ガス爆発の可能性があると聞いて、登士が心配で無理やり着いてきた。
登士は、しかたなく…里那が悠の傍から離れないことを条件として着いてくるのを許した。

「できれば、連れてきたくなかったんだがな」
登士はため息をついた。
「登士。大丈夫だよ。俺もついてるし、移送車の近くにいるから」
悠は近くに停まっている、数台の大型バスに視線を移しながら笑顔で言った。
「そうだな。ここにいればガス爆発に巻き込まれることはないだろうな」
登士は安心したように言った。

移送車とは、救助した人々を棋聖の屋敷まで移送する大型バスのことだ。
移送車の他に、棋聖が護衛用に組織している軍隊並みの強さを持つ傭兵部隊も、生存者の救出と悠達のフォローのために毎回焼野原に出動していた。
傭兵部隊は到着と共に焼野原に散っていき、今この場にいるのは悠達だけだった。

「なぁ、登士。もう行こうぜ」
しびれを切らした楽が言った。
「そうよ。悠の傍にいれば里那は大丈夫よ。過保護もほどほどにしなさいよ」
葵はため息交じりに言った。
「悪いな」
登士は苦笑いしながら、里那を見た。
「里那。絶対に悠から離れるなよ。いいな?」
「わかってるって!」
里那は元気に答えた。
「本当か?心配だな」
登士はため息をつく。
「ありゃ、シスコンだな」
大がニヤニヤしながら言った。
「空気読めって!」
海は大の脇腹に肘鉄をくらわせた。
「痛っ!」

「登士。あたし達は先に行くわね」
「ああ。俺もすぐ行く」
「海!大!行くよ」
「はい!姉貴!」
海と大は答えると、それぞれバイクに乗り、焼野原に入っていく葵の後に着いていく。

「登士。俺たちも…」
楽が、ため息をつきながら言った。
「ああ。悪い」
そう言いながら、里那を見た。
「いい子にしてるんだぞ」
里那の頭を撫でる。
完全に子供扱いである。
だが、里那はまんざらでもなく嬉しそうに笑った。
「うん!」
今の里那にとって、登士は唯一の保護者だった。
無条件で自分を受け入れてくれる家族のような存在だ。
「じゃ、行ってくるな」
登士は笑顔で言うと、バイクに乗って焼野原に向かう。
楽はやっとか…というような顔をすると、バイクに乗り登士の後に着いていく。
 
 十数分後、登士達は半壊した工場に人影を見つけた。
登士達を見つけた生き残った人々が建物の陰から走ってくる。
「助けてくれ!」
「待て!まだ、戦闘ヘリがうろついてる!建物の陰にかくれてろ!」
言いながら、登士と楽は建物の陰にバイクで入っていく。
そこは半壊しているが、かろうじて屋根が残っていて戦闘ヘリから姿を隠せるようになっていた。
そこにいたのは五人の作業服を着た青年や中年の男達だった。
「生き残ったのは、ここにいるだけか?」
登士の問いかけに作業員たちは目を伏せた。
その問いかけを聞いて、答えるより先に思い出されるのは、目の前で死んでいった仲間の姿なのだろう。
思い出された光景に思わず言葉を失う。
それほどに人の命が失われるのを目にするのは辛い。
彼らの表情が、それを物語っていた。
そう、彼らの他に生き残りはいないのだ。
「…そうか」
登士も目を伏せる。
状況を察した楽も目を伏せる。

「とりあえず、ここを離れよう。救助用の移送車まで行ければ大丈夫。アインシュタインは移送車には攻撃できないからな」
「アインシュタインが攻撃できない?そんなことあるのか?」
作業員の一人が言った。
「ああ。特殊な移送車だからな」
登士は穏やかに言った。
あえて、悠の開発者特権のことを伏せて。
もし、彼らが悠がアインシュタインの開発者の一人だと知れば、悠に向けられるのは憎悪でしかないとわかっているからだった。




アインシュタイン3-3へ続く

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アインシュタイン 第三章(3-1)

2020-08-22 20:19:51 | 小説
アインシュタイン
夕凪 鱗

それは、とある昼下がりだった。
昼食を終え、悠はリビングのソファーで寛いでいた。
リビングには悠の他に蓮がいた。
蓮はテーブルにノートパソコンを開いたまま置き、ソファーにもたれていた。
「こんな時代なのに平和だよな」
蓮は少し不謹慎かな…と、悠の顔色をうかがうように悠に視線を移した。
「そうだな。たくさんの人が死んでるのに、そんな中でも平和だと思える。俺たちの感覚が麻痺してしまってるのかも…。または現実から目をそらしているのか…」
悠は、ぼんやりとしながら言った。

「悠…?」
悠は蓮の視線に気づくと我に返った。
「あ…。いや、俺たちの仲間は誰も死んでないからさ。仲間が、もし目の前で死んでも平和だなんて思えるのかなって」
悠は苦笑いした。
確かに…今の俺たちには、他人ごとに思えてもおかしくないね」
蓮は微笑んで言った。
「悪い。不吉なこと言って。忘れてくれ」
「話をふったのは俺の方だよ。こんな時代に不謹慎だったよ。俺こそ、悪かったよ」
蓮は笑顔で言った。
悠はその笑顔に励まされるように笑顔になる。

蓮には、いつも励まされてばかりだった。
子供の頃から兄弟同様に育って、お互いのことはよくわかっている。
だから、遠慮なく甘えられる。
ただ、総理である橙悟が昏睡状態になってからは励まされてばかりで、少し甘えすぎかも…と気にはしていた。
それでも蓮と一緒にいると落ち着く。
「ありがとな」
悠は穏やかな笑顔で言った。
「また、それ?俺たちの間に、それはいらないって」
蓮はニッコリ笑って言う。

ふいにリビングのドアが開き、登士が入ってくる。
「よう。ここにいたか。悠」
言いながら登士はニヤリと笑った。
「登士。その顔は鍛錬のお誘い?」
蓮は悠を見ながら言った。
「俺、鍛錬って苦手なんだよな」
悠はため息をつく。
「何言ってる。焼野原に行くなら必要だぞ!葵達だって鍛錬の組手してるぞ」
焼野原に行くメンバーは鍛錬と称して、日ごろから体を鍛えたり訓練を欠かさないようにしていた。
しかし、もともとプログラマーでインドア派の悠にとって、体を鍛えるのは苦手だった。
それでも、毎日のように登士が鍛錬に誘いに来る。
そして、その後から必ず駆けつける、あいつがいる。

バン‼
リビングのドアが勢いよく開いた。
必死の形相の楽が登士の姿をとらえた。
「登士!」
一気にほころんだ笑顔になる。
その顔からは登士を見つけた嬉しさしか読み取れない。
「おお。楽。来たか」
爽やかな笑顔で登士は言った。
この光景が毎日のように繰り広げられる。
登士も楽が必死で登士を探すのがわかっているんだから、楽と一緒に来ればいいのに…と、悠と蓮は思っていた。
しかし、そこは登士。
実は天然で、毎日繰り広げられる、この状態を気にもしていなかった。
結果的に楽が楽しそうに鍛錬に付き合うので、結果オーライというとこなのだろう。
かなり、大雑把だった。

「じゃ、楽も来たことだし、鍛錬行くか。な?悠」
爽やかな笑顔で言った。
その瞬間、蓮のパソコンからピー!ピー!と警告音が鳴った。
「アインシュタインだ!」
言いながら蓮はパソコンを操作し始めた。
蓮は悠と共同でアインシュタインが街を襲うと、その街を特定できるシステムを作っていた。
「今度はどこだ?」
真剣な眼差しで登士が言った
「これは…!」
蓮は息を飲んだ。
「蓮…?」
悠は蓮の顔色が変わったのに気づいた。
「工場のある工業地帯だ」
「まずいな」
悠も息を飲んだ。
「何?話が見えねーんだけど」
楽が不満そうに言った。
「工場のある工業地帯では生産のために、住宅街より以上に火を使う工場がある。そのため、ガス配給用の配管に送られるガスの量が多い」
蓮がきわめて冷静に言う。
「つまり、規模の大きいガス爆発が起こきやすいってこと
悠はため息をついた。
「だから?」
不思議そうに楽が言った。
「だから、危険ってこと。爆発に巻き込まれて死ぬことだってあるかもしれない」
意味を理解してない楽にため息をつきながら、登士が言った。
「あー!死ぬかも。なるほど…って。え~!」
悠たちは慌てる楽を呆れたように見ていた。

「登士。今回は止めたほうがいい」
蓮が真剣な眼差しで言った。
「いや…。俺だけでも行く。救える命があるなら助けたい」
「登士が行くなら…」
嫌々、楽がそう言った。
「楽。無理しなくていいぞ」
「無理なんかしてねーよ!俺は登士が行くとこなら、ついていく」
「楽…」
登士はフッと笑った。
「俺も行く」
そこには真剣な眼差しの悠がいた。
「悠。おまえは止めとけ。葵が泣くだろ?」
登士が困ったように言った。
「俺が行かなかったら、爆発に巻き込まれなくてもアインシュタインに殺される。それがわかってて行かないなんてできない」
その眼差しは、これは俺の問題だと言っているように見えた。
アインシュタインを生み出してしまった自分に責任がある…と。
「わかったよ。悠」
登士は苦笑いしながら言った。

「それじゃ、すぐ準備だ!楽は葵に伝えてこい」
「了解!」
楽がリビングを飛び出していく。
登士が続いて出て行く。
悠も立ち上がり、リビングを出て行こうとした。
「悠…」
心配そうな顔の蓮が悠を見ていた。
「大丈夫。危険な場所には近づかない。だから、サポート頼むな」
悠は笑顔で言う。
「…わかった。でも、無理はするなよ」
「わかってるって」
再び悠が笑顔で言うと、蓮は少し安心したように笑った。
その顔を見届けると悠はリビングを出て行く。

アインシュタイン3-2へ続く

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