アインシュタイン 第三章(3-2)

2020-08-30 19:58:00 | 小説
アインシュタイン
夕凪 鱗

焼ける臭いがする。
瓦礫と残り火が目の前に広がっていた。
悠達は焼野原に立っていた。
工業地帯だけあって、他の街と違って工場らしき建物の一部が残っているのが所々に見える。
見る限り、人の気配は感じられない。
「これがアインシュタインの仕業…?ひどい…!」
そう言ったのは里那だった。
今回、ガス爆発の可能性があると聞いて、登士が心配で無理やり着いてきた。
登士は、しかたなく…里那が悠の傍から離れないことを条件として着いてくるのを許した。

「できれば、連れてきたくなかったんだがな」
登士はため息をついた。
「登士。大丈夫だよ。俺もついてるし、移送車の近くにいるから」
悠は近くに停まっている、数台の大型バスに視線を移しながら笑顔で言った。
「そうだな。ここにいればガス爆発に巻き込まれることはないだろうな」
登士は安心したように言った。

移送車とは、救助した人々を棋聖の屋敷まで移送する大型バスのことだ。
移送車の他に、棋聖が護衛用に組織している軍隊並みの強さを持つ傭兵部隊も、生存者の救出と悠達のフォローのために毎回焼野原に出動していた。
傭兵部隊は到着と共に焼野原に散っていき、今この場にいるのは悠達だけだった。

「なぁ、登士。もう行こうぜ」
しびれを切らした楽が言った。
「そうよ。悠の傍にいれば里那は大丈夫よ。過保護もほどほどにしなさいよ」
葵はため息交じりに言った。
「悪いな」
登士は苦笑いしながら、里那を見た。
「里那。絶対に悠から離れるなよ。いいな?」
「わかってるって!」
里那は元気に答えた。
「本当か?心配だな」
登士はため息をつく。
「ありゃ、シスコンだな」
大がニヤニヤしながら言った。
「空気読めって!」
海は大の脇腹に肘鉄をくらわせた。
「痛っ!」

「登士。あたし達は先に行くわね」
「ああ。俺もすぐ行く」
「海!大!行くよ」
「はい!姉貴!」
海と大は答えると、それぞれバイクに乗り、焼野原に入っていく葵の後に着いていく。

「登士。俺たちも…」
楽が、ため息をつきながら言った。
「ああ。悪い」
そう言いながら、里那を見た。
「いい子にしてるんだぞ」
里那の頭を撫でる。
完全に子供扱いである。
だが、里那はまんざらでもなく嬉しそうに笑った。
「うん!」
今の里那にとって、登士は唯一の保護者だった。
無条件で自分を受け入れてくれる家族のような存在だ。
「じゃ、行ってくるな」
登士は笑顔で言うと、バイクに乗って焼野原に向かう。
楽はやっとか…というような顔をすると、バイクに乗り登士の後に着いていく。
 
 十数分後、登士達は半壊した工場に人影を見つけた。
登士達を見つけた生き残った人々が建物の陰から走ってくる。
「助けてくれ!」
「待て!まだ、戦闘ヘリがうろついてる!建物の陰にかくれてろ!」
言いながら、登士と楽は建物の陰にバイクで入っていく。
そこは半壊しているが、かろうじて屋根が残っていて戦闘ヘリから姿を隠せるようになっていた。
そこにいたのは五人の作業服を着た青年や中年の男達だった。
「生き残ったのは、ここにいるだけか?」
登士の問いかけに作業員たちは目を伏せた。
その問いかけを聞いて、答えるより先に思い出されるのは、目の前で死んでいった仲間の姿なのだろう。
思い出された光景に思わず言葉を失う。
それほどに人の命が失われるのを目にするのは辛い。
彼らの表情が、それを物語っていた。
そう、彼らの他に生き残りはいないのだ。
「…そうか」
登士も目を伏せる。
状況を察した楽も目を伏せる。

「とりあえず、ここを離れよう。救助用の移送車まで行ければ大丈夫。アインシュタインは移送車には攻撃できないからな」
「アインシュタインが攻撃できない?そんなことあるのか?」
作業員の一人が言った。
「ああ。特殊な移送車だからな」
登士は穏やかに言った。
あえて、悠の開発者特権のことを伏せて。
もし、彼らが悠がアインシュタインの開発者の一人だと知れば、悠に向けられるのは憎悪でしかないとわかっているからだった。




アインシュタイン3-3へ続く

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