私共が尊敬する先生が来られてお話しをした中で、「都会にいる知人が季節の移り変わりに気がつかず、ふるさとに
戻り、山を見て気がついた」との話がありました。
「紅葉の名所でなくても、故郷の里山の柿の葉でも、年にたった一度、紅葉して注目される。ここに色ついている、
普通の雑木林でも精一杯、主張しているように思える」との趣旨の話を聞きました。
自然の摂理で循環しているのではあるが、見方、視点を変えて、その感性に共感する気持ちでした。
有名な紅葉の名所もよし、お寺の整備された庭の紅葉もよし、
有名でなくても、見事な庭園でなくても、意外と身近な黒谷、真倉の雑木林も美しいと思います。
たくさんの情報に囲まれて、いつしか見失いがちな、無名でも、美しい,はかない、弱く消え去るものに心が動かされ
る時でした。
京都府舞鶴市(西舞鶴)の川に鮭が遡上し、川にはアユやフナ、がおり、それを餌としてサギ、やカワセミが見られま
す。山にはタケノコやドングリ、キノコ、猿、イノシシ、など豊かな自然が残ります。
海からの恵みも多いですし、今はカニが解禁です。
季節の移り変わりに気がつかない、そんな時もあります。
大丈夫です。
忙しさや、わずらい、集中、他の気がかり、しかし多くの情報を集め、しかしすべてそぎ落とし、
大事なものはどれか?
眼の前の自然の移ろいに答えはあるかと思います。
メガネの和諧堂 塩見昭