今日は‘ぼんこ’の小学校初遠足。
今朝も張り切ってお弁当作り。
6時過ぎに電話が鳴った。
これはもしや…
町内連絡網、遠足は延期になった。
残念。
昨日夕方、一緒におやつを買いに行ったのにね。
張り切ってリュックの中身を準備して、早く寝たのにね。
てるてる坊主も下げてあったのにね。
というか、
今すごい晴れている。
予報はくもりのち雨、大雨&雷注意報が出ていたけれど
本当に降るの?
でも雨の前ぶれか風の音がピューピュー。
やむなく延期になったんだから
お慰め程度でも降ってくれないと、子どもたちは納得できないよ。
今頃教室でお弁当を食べているかな?
可愛いお弁当だったのにな。
ブログ『早寝早起き玄米生活』を読んで
子供のたくましさ
千恵さんの最後の書き込みから約一ヶ月、千恵さんは旅立った。
以降は旦那さんの書き込み。
2008年に入ったころから
千恵さんのブログはWhole Food&タカコさんの話題が多くなった。
それがその時最も読者へ伝えたかったことであり
仕事であったからなんだろう。
半面、体の調子や治療についてはあまり触れていない。
「もしかして体調が悪いのでは」と読みながら感じた。
これは私の予想だが
深刻な状況にあるほど本当のことは話せない気がする。
私の場合、病気のレベルや完治度に関して書いたのはつい最近のこと。
怖いことは安々と口に(文字に)できない、書くことが怖い。
体調や治療について書いているときは
どこか解決できる余裕があるからだと思う。
希望を失ったら多分書くことが辛くなる。
千恵さんが亡くなってからのブログはしばらく色のない寂しい風景。
それでもはなちゃんとお父さんの絆は一層深まり
寂しいながらも楽しい生活を送っている。
美味しいものを食べ、自然を感じ、人の温もりに感謝しながら
いつもお母さんのことを思い、祈っている。
「子どもは強い」
「子どもは前向きだ」
東日本大震災後、子どもたちの元気で明るい様子が度々報道され
子どもは大人より強くたくましく前を向いていると
感動の言葉がささやかれた。
はなちゃんもお父さんより強く明るくふるまっている。
でもそれはお母さんのことを吹っ切れているわけではない。
「思い出すのはいいけど悲しんだらいかん」
お父さんを励ます言葉がたくさん出てくるが、時々泣くこともある。
「パパが泣いたらはなちゃんもかなしくなる」
「パパは100歳まで生きて」
5歳のはなちゃんが頑張っている。
東日本大震災で被災した子どもたちも同じ
態度には現さなくてもあの時のことは決して忘れていない。
ストレスに悩み苦しんでいる子どもも未だたくさんいる。
大切な人がいなくなったことの悲しみは徐々に落ち着いていくが
寂しさは永遠。
私の予想だが、子供は大人に比べて悲しい経験が少ないから
悲しい出来事にいつまでもこだわらず
新しことに進んでいけるのではないだろうか。
大人は悲しいことをたくさん経験しているから
また起こるかもしれない悲しい出来事を想像して
前に進む勇気が出ないのではないだろうか。
でも生きていたら楽しいことはたくさんある。
はなちゃんのお父さんは子育てが一段と好きになった様子。
三つ編みをしたり、お弁当を作ったり、自然に触れたり
はなちゃんと共に歩く楽しさが伝わってくる、素敵なパパ。
頭が真っ白になっても、もしかしたらツルピカリンになっても
頑張って長生きして欲しい。
「はなはさくら。さくらは、はな。」
旦那さんの言葉。
さくらさん(千恵さん)はいつも二人のそばにいる。
私も改めて食を見直して自然と共に生きたいと思う。
まずは手始めにベランダ菜園、ちょこっと野菜を植えてみた。
それから今日のおやつはすりおろしにんじん入りクッキー。
子どものおやつは、三度の食事で量を食べられない分を補うもの。
改めて、なるべく手作りを心がけよう。
にんじん苦手な‘ぼんこ’がいつかにんじん好きになってくれますように。
イリコや昆布で病気知らずのはなちゃんみたいに元気に育て!
ちなみに、はなちゃんはパパのお弁当が大好き。
お米の中には7人の神さまがいると言って残さず食べる。
私も‘ぼんこ’にそう言って、茶碗のご飯粒を残さず食べるようにした。
娘たちの秋休みが終わり、今日から2学期。
これでまた日中ゆっくりできる。
とは言っても、秋休み中も結構ゆっくりできてはいた。
二人がお手伝いをたくさんしてくれて
私が食事の準備をしている間、二人は洗濯物担当。
‘ちょん’が干して、‘ぼんこ’が乾いたものをたたむ。
二人とも日頃の私のやり方を意外によく見ているようで
手直しの必要なし、旦那より上手い。
‘ちょん’が部活でいない時は
‘ぼんこ’に「タオルだけ干しておいて~」と頼むと
他も全部干しておいてくれる。
‘ちょん’は毎日の夕食後の食器洗いはもう当たり前。
手際よく短時間でキレイに洗う。
布巾も毎日洗い替えてくれて
乾いた洗い物は片付けてくれて、流し周りはさっぱり。
混ぜ混ぜ好きの‘ぼんこ’は暇つぶしもかねてお料理のお手伝い。
ケーキ生地、お好み焼き、玉子焼き、シチュー、豚汁
なんでも喜んで混ぜ混ぜ。
クッキーの型抜きや食器洗いのすすぎなど、楽しそうにやってくれる。
「やりたい!」と言っている時が教え時。
最初は「……」な出来の時もあるけれど
褒めれば次もまた手伝ってくれるから
多少無理かなと思う事も、危険でなければできるだけやらせてみる。
秋休みは一応課題もあった。
‘ちょん’は休み明けの基礎テスト勉強を兼ねた5教科の課題。
‘ぼんこ’は国語・算数プリントと音読。
二人ともちゃんと終わったのだが、ここでも性格の差が。
‘ちょん’はもう自分で計画を立ててやるのが当たり前だが
時間があると
ちょっと横に、ちょっとテレビ、ちょっとパソコン…
それががちょっとじゃなくなり、やらなきゃいけないことが後回し。
おかげで休み中でも勉強は夜遅い時間になる。
一方‘ぼんこ’は休み前、終業式の日から早々とプリントを進める。
ただ音読が後回しになっていて
4日やらなきゃいけないところを2日サボっていた。
そしたら一昨日。
「音読やらなきゃ」とやり始めて、何やら計算。
「お休みって4日だよね?1日4回で4日だと…」
音読の回数を数えて、あと何回やれば4日分になるか考えていたらしい。
へぇ、もうそんなこと考えられるんだ。
さすがやること優先派、感心関心。
勉強のやり方は違えど
二人とも頑張ってやってるからいいことにしとこうか。
ブログ『早寝早起き玄米生活』を読んで
一応考えて書いてます
口頭or文章にかかわらず
発言は発してしまったら取り返しがつかない。
日記と言いつつ、不特定多数が目にするブログでは
何でもかんでも思ったままを
感情的に書くことのないようにしようと心掛けている。
それでは真の日記にはならないかもしれないが
言動・行動を振り返り、在りたい自分かどうかを考える。
日記であっても不特定多数が目にするものは常に配慮が必要。
「知ったかぶり、偉そうなふり、自分本位
わがまま、押し付けがましい、不快にさせる」
時々振り返ってみると反省もある。
それから愚痴は書かない。
どうしようもない時はたまに書いてるが。
愚痴や文句だらけの日記は後々読み返しても面白くない。
ブログは楽しく書いて楽しく読むのが良い。
千恵さんははなちゃんにたくさんのことを教えている。
それは実生活での行いのみならず
食べ物や生き物、社会人としての心構え
幼児のはなちゃんには難しのでは?と思う人もいるだろうが
子供は余計な知識がないので
新しいことをどんどん吸収していく力がある。
難しくても言葉や状況は記憶に残って
いつか実際に体験した時に理解できるはずだと思う。
「裏返しで服を脱いだら裏返しで戻す」
私も同じ。
我が家もおでかけ前の身支度、家事手伝い、どんどんやらせる。
でも、歯ぎしりには気を付けよう。
子供のストレス表現なんだそう。
食べられることのありがたさは何度も書いているが
「食べてくれる人が側にいてくれること」
家族がいることは何より幸せ。
美味しいものをどれだけ食べても、ひとりきりじゃ生きられない。
「ソファとお友だち」
私も大の仲良し。
そんなだるい生活は辛いけれど
がんになったのが自分で良かったという気持ちには同感。
自分の辛さは自分の頑張り次第で乗り越えられるが
大切な人が苦しんでいる姿を見るのは切なすぎて
自分の無力さが苦しくなる。
第一、うちの旦那がもしがんになんかなったら絶対うろたえる。
落ち込んで生きる気力を失いかねない。
やっぱり私で良かったのだ。
そして今日読んだブログ。
「ムスメから、
ママ目が黄緑色だよ、だいじょーぶ?、と聞かれました」
黄疸、肝機能の低下による症状。
私はこの黄疸が怖い。
母が亡くなるちょっと前、黄疸が出始めた。
黄疸の治療薬はない、多分。
だから黄疸=覚悟の時が来たと気付く。
どうしようもなく怖い。
この月が千恵さんの最後の書き込みだった。
ズワイガニ、3杯!!!
自転車レースに出場した旦那の参加賞。
1人1杯もらえるところを「1人」と言うと2杯
「2人」と言うと3杯もらえるという
何だかわからないシステム?だったとか。
家族の人数分もらえるとは言え
4人で5杯じゃ多すぎるから、2人分もらってきたそう。
まぁとにかくみんながたくさんもらえたらしい。
恐らくは
たくさん獲れすぎたから、ここぞとばかりに出しまくったんだろう。
ズワイガニじゃ食べるところもあまりないので
「3杯なんてすぐ食べちゃうよ」
まとめてドーンと食卓に登場。
カニ嫌いの娘たち
「わーっ!臭いー」
「目がこっち見てるー」
はいはい。
父と母で食べるから、匂いは我慢しておくれ。
細い足、イマイチ食べごたえはないけれど味はカニ。
「おいしーっ!」
足もミソもうまーい!
カニなんてわざわざ買って食べない。
こうしてタダで食べられるからこそ美味しさも格別。
これも全て参加賞を取ってくれた旦那のおかげ。
ありがとう。
ありがとうついでに、今日は17年目の結婚記念日で
「ほんの気持ちだけど」とスイーツも買ってきてくれた。
忘れてた。
ありがとう。
すっかり忘れていたので
枝豆ごはんにシチューという普段通りの夕食になるはずが
カニにスイーツ。
更に‘ちょん’がお出かけで買ってきてくれたドーナツも加わって
思いがけず美味しく楽しい結婚記念日となった。
それにしても、
美味しいものを食べると寿命が縮まる気がして怖い。
なぜだか分からないけれど、そんな気がする。
涼しくなってきたので、今日の夕食は家族みんなの大好物、豚汁。
「キムチあるぅ?」と‘ぼんこ’。
はいはい、ちゃんと買っておきましたよ。
旦那がおかわりして、豚汁大好きの‘ちょん’が2回もおかわりして
鍋いっぱいに作った豚汁は汁一滴残らず完食。
明日の朝、おじやにする分残ると思ったんだけどな。
ここのところおかずの完食率が高いのは、娘たちの成長の証か。
もう大人4人分の量でも足りないくらい。
母、嬉しい悲鳴。
秋休み最後のお弁当、秋と言えばきのこ。
えのきが特売だったので朝からなめたけを作った。
えのきは一年中出回っているから秋の味覚じゃないか。
なめたけごはん、娘たちに大好評。
ブログ『早寝早起き玄米生活』を読んで
愛する命
「神様、
あなたがいい子から順番に天国へ連れて行っていることを知っています
これから悪いことをたくさんしようと企んでいます
全然いい子じゃない
だからどうかどうか連れて行かないで」
千恵さんの切なる願い、叶えて欲しい。
神さまはあるときは残酷で
しかし、常に誰に対しても平等であると思っている。
命あるものすべてに平等の愛を注いでいる。
その愛は日々の平穏であったり勇気であったり、慈しみであったり
試練であったり、個々それぞれに形を変えて与えられていると思う。
信仰心は特にない。
でも神さまはいると思う。
根拠はない。
サンタを信じてるのと一緒のような、違うか。
私も千恵さんと同じ思いで願っている。
大切な人を連れて行かれる悲しみは
和らぐことはあっても消えることはない。
でもそのあとに千恵さんは書いている。
「自分の命がすぐに消えてしまったとしても
ムスメには私より長く生きていてほしい」
娘たちの命を救えるのなら私の命は消えてもいい。
旅立つ順番は入れ違ってはいけない。
娘を残していく悲しみ、娘の命を救う使命
そのどちらを最後に思うのだろう。
その時には娘たちの”見逃してきた姿”をもう一度見たい。
「人生経験に一つも無駄はない」
そんな最後でありたい。
ある時期、子供を残して亡くなった女性の話が多いところがある。
そんな中「正しい?食べ方」と題した日のはなちゃんの写真。
千恵さんの愛情がいっぱいつまっていて切ない、ただ切ない。
他に言葉が見つからず、こんなお決まりの言い方しかできないけれど
愛おしい我が子を残して旅立つのはどれだけ心残りだったことだろう。
切ない。
読書好きの千恵さんのブログには色々な本が紹介されている。
以下は「ここ」という1冊の本に対する千恵さんのコメント。
「子どもがいる人は産まれてきてくれたことに心から感謝するでしょう
子どもがいない人は自分のそばにいてくれる大事な人に感謝し
日々を大事にすることでしょう
旦那は妻と子どもに愛情を惜しみなくそそぐでしょう
妻は旦那と子どもが安心して暮らせる家を作るように努力するでしょう
小さな子どもはその命を生き生きと日々輝かせるでしょう
大きな子どもはお父さんとお母さんに心から感謝するでしょう
犬は変わらないでしょう
猫も変わらないでしょう
鳥も変わらないでしょう
でも飼い主が今まで以上に優しくなったことに気がつくことでしょう」
ブログ『早寝早起き玄米生活』を読んで
財布は寂しくても心は豊かに
お金は還元しなければ生かせないし
棺桶に入れて灰になるんじゃもったいない。
我が家も貯金なし、借金あり。
千恵さんの言う通り、治療代は容赦なく毎月何万円も飛んでいく。
かと言ってその分を補うべく働きに出ることもできず。
無理すれば日に数時間くらい働けないことはないが
気力がついていかない。
だから切り詰めて切り詰めての生活。
娘たちもそれを分かっていてくれるけれど
自分のせいで娘たちに不自由な思いはさせたくない。
贅沢はさせてあげられないけれど
心が寂しくならないようにしてあげたい。
そのためだったら母は二十うん年前の服を着ようが
かかとがすり減った靴を履いていようが全然気にならない。
お金がなくても「心は幸せ」
ここ一年くらい
買い物は「ネットポイントが溜まったら」と決めている。
幸運にも数千ポイント溜まった月には
「ポイントいっぱいあるから何か欲しいものある?」
‘ちょん’に声をかける。
欲しいもの無限大の‘ぼんこ’は聞かない。
すると‘ちょん’は
「たまにはお母さん自分で欲しいもの買ったら?」
「お母さんのポイントだし」
泣ける…
母は欲しいものなんてないから、いいのいいの。
でもその言葉が、気持ちがなんとも嬉しい。
中学生になり、どんどん成長していく‘ちょん’。
早ければあと5年もすればお嫁行くなんてことも
あったりなかったり!?
本人は「それはありえない」と冷静。
そんな未来を楽しみに思ってみたり
千恵さんみたいに
「もうこれ以上大きくならなくてもいい」と思ってみたり。
ただ、今の楽しみができるだけ長く続いて欲しい。
昨日、‘ぼんこ’とじゃれ合っていたら
「お母さんの足、赤いね」と言われた。
TS-1の服用で手足の指先が赤黒くなっていたので
そのことだろうと気にもせず
「うん、そうだよー」と答えていたのだが
お風呂で体を洗いながらふと足元を見ると
足が赤い!
正確に言うと
指先と、甲の端から足裏にかけてが赤くなってる。
これはTS-1の赤黒いのとは違う、何だ?
けれど今は全然赤くない。
ひざ下から指先まで肌色。
足裏は踏ん張るところが赤い。
お風呂では立って体を洗っていたから
血液が足先に集中したのかな?
体が温まってほてたからかな?
わからない…まぁいっか。
‘ちょん’は今日から秋休み。
一日部活の今日は隣町の中学校の吹奏楽部が来て合同練習。
来月の地区フェスティバルで合同演奏するそう。
先輩からの事前情報では「めっちゃ怖い先生」だとか。
「あー、やだなぁ」ばかり言っていたので一喝。
「会ったこともないのに最初からそういう気持ちで臨むな」
今日帰ってきて「どうだった?」と尋ねると
「全然怖くなんかなかったよ、今日だけかもだけど」
そうでしょ、そうでしょ。
人は噂だけで判断してはダメ。
次から怖いかもだけど!?
「女子ばっかだから超楽しかった♪」
楽しく練習できたみたい。
新しい出会いが出来て良かったね。
今日はパン弁当だった。
ブログ『早寝早起き玄米生活』を読んで
がんになったからこそ見える幸せ
「思い続けていれば願いは叶う」
私はこれと同じ言葉を20数年前に聞いた。
すごい偶然。
それは専門学校時代の友人が私にかけてくれた言葉。
言われた場所も覚えている。
別に何か悩んでいたとか、夢を描いていたとかではなく
非常に子供じみた願望について。
(恋愛関係ではない)
そんな、本人以外にとってはどうでもいいようなことに
彼女がかけてくれた言葉。
それがまた奇跡的に叶ったからびっくり!
あの時のドキドキは忘れられない。
冷静な方だと自負する私が震えるほどドキドキしたのは
あの時と、手術室で看護師さんに肩を抱かれたとき
人生ではその2回だけかも。
この言葉は今も大事に胸にしまっている。
ありがとうMちゃん。
千恵さんの言葉。
「今日も無事に過ごすことができ
たくさんの人に支えられてここにいることを実感
来年も再来年もこの月を見ようと思う
あなたのお陰でママは人生何倍も得してる
何かひとつやり遂げる毎にそう思う」
「また来年も運動会で元気に走る姿を見れますように」
「来年の演奏会も素晴らしい演奏を聴けますように」
桜を見られますように
セミの鳴き声を聴けますように
雪を眺められますように
海に一緒に行けますように
誕生日やクリスマスを一緒に過ごせますように
娘たちの笑顔をたくさん見られますように
温かい温もりを感じられますように…
その一日が終わる毎に感謝し、次へ期待を寄せる。
そう、「人生何倍も得」している。
健康や愛は、がんのように生死を考える病気にならない限り気付かない。
私もそう思う。
だからと言って気付かないから悪い訳ではなく、仕方のないこと。
気付かないままに一生を終えるのもそれはそれで幸せなのだと思う。
ただ、がんになったからこそ見えてくる幸せもあるということ。
昨日予定だった‘ぼんこ’の持久走大会は台風の影響で本日へ延期。
今朝も雨で地面が濡れていて開催が危ぶまれたが
小学校のHPで確認したら「実施します」とのことでいざ応援へ。
うーん、‘ぼんこ’はどこ?
全員同じ体操着に赤白帽子、背格好も大して変わりないから
誰が誰だかわからない。
コーナーを回ってこちらへ走ってきたところでようやく判明。
「‘ぼんこ’きた?」
半分位過ぎてもまだ現れない様子。
視力問題なしの旦那が「まだ来てないね」と言うんだから
見逃してはいないはず。
しばらくして
おー!来た来た!
四十番台か?
「がんばれー!!」と応援すると
こっちを見てニヤッとし、ちょっとスピードアップ。
校舎周りへと消えて行った。
校舎周り2周目に入って真ん中よりちょっと後ろ位。
応援するとまたも顔をこっちに向けてニヤリ、スピードアップ。
ラスト、グラウンド半周。
校舎の影から先頭集団が出てきた。
速い子は走りのフォームが違う。
腕の振り方とかがカッコイイ。
‘ぼんこ’はまだか?
来た!
さっき前を通った時より順位を上げたかな。
「最後がんばってー!」 と応援するとまたまたスピードアップ。
おー!ひとり追い抜いた。
結果、36位。
四十番以内、おめでとう!
練習開始当初の”後ろから3番目”に比べたら大健闘。
頑張った、頑張った。
プチお祝いにアイス。
いつも10本198円の安物ばかり食べているので、今日は大奮発。
「好きなアイス買ってきな」と‘ちょん’にお小遣いを渡し
二人で近所のローソンで買ってきたアイスは
ジャイアントコーン!
やっぱり。
スーパーのアイスコーナーを見る度に欲しがっていたもんね。
ちなみに‘ちょん’が買ったのはデプスという高級そうな最中アイス。
今晩の夕食のデザートとなった。
旦那と私はいつもの安物アイス。
「次また頑張ったら好きなアイス買っていいよ」と言ったら
「これがいちばん好きなの!」と喜んでいた。
ウラ嵐マニア。
一般販売なしということなので思い切って購入。
届いたのはもう10日ほど前だが
やることがちょこちょこあったのと
体調がいまいち優れなかったのとでなかなか聴けず。
昨日からやっと聴きはじめて、今日3枚目。
4枚組62曲入り、全部聴くにも時間がかかる。
いまのところこの3枚目がいちばん好き。
『僕が僕のすべて』とか『season』とか
嵐を聴き出したころの懐かしい曲がいっぱい。
病気が発覚して気持ちが動揺していた時期だから
心に深く残っているのだろう。
嵐のうたには元気をいっぱいもらった。
‘ちょん’とも楽しめたし。
嵐、ありがとう。
今日は体も心もようやくのんびりできそう。
週末は尿管結石症状で体力消耗。
あのあともしばらく名残り痛というか
痛くないはずなのに腰が痛いような気がしたり
足が筋肉痛みたいにだるかったり。
体力がないというのは
ちょっと具合が悪くなっただけでもダメージが大きいと実感。
寒くなったら、より一層病気には注意しなくては。
あと出血にも。
そんなことはないとは思うが
「もし血が止まらなかったらどうするの?」と娘に聞かれ
「救急車呼んで」と頼んだ。
ブログ『早寝早起き玄米生活』を読んで
抱っこ~人生は最後まで悲観しない
残念なこと、抱っこできなくなったこと。
病気発覚当時‘ぼんこ’は3歳、まだ抱っこして欲しい年頃。
私も千恵さんのように
「お腹痛いから抱っこできないの、ごめんね」」と言った。
‘ぼんこ’は抱っこをせがむこともなく
膝の上に乗るので我慢してくれた。
小さくても伝わるものは伝わる、子供は侮れない。
下手なごまかしや嘘はその一時しか通用しないから
私はなるべく事実を話すようにしている。
そして座ってぎゅ~
私もしている。
昨日は座っておんぶしたら、嬉しそうにしがみついてきた。
その細く柔らかい体の温もりに安らぎを感じる。
愛情の注ぎ方はどうであれ、気持ちさえこもっていれば伝わる。
出来る範囲で、それでいい。
そして私は今日もぐうたら過ごす。
「『よかねー、あんたは』と言われそうな生活 」
そうです、私もこれで幸せ、感謝してます。
「あなたがそこにいるだけでいい」
千恵さんは言う
「あなたがあきらめたら
大切な人も人生の意味を失う、自分を責め苦しむ」
私は母のことを思うと今でも後悔することがたくさんある。
母はあきらめたわけではないけれど
もっと何かしてあげられたのでは
もっと一緒にいてあげられたのではと思う。
がんは本人も周りの人間もみんな辛い。
「自分の身におきる出来事は最後まで悲観しない」
千恵さんのお父さまの言葉。
忘れないようにしよう。
大切な人を悲しませないために。
すっかり秋めいて朝晩寒くなってきた今日この頃。
油断して風邪をひかないように気を付けなくては。
でも、千恵さんち同様
私も娘たちも風邪を引かなくなったことはありがたい。
ここ数年、インフルの集団感染以外は
小児科とは縁遠く過ごしている。
これはやはり食生活が変わったおかげだと思う。
同じものを食べているのに
旦那だけはなぜか風邪を引くところだけは疑問。
今日は地区敬老会で吹奏楽部の演奏会。
曲は今年も演歌メドレー
『津軽海峡冬景色』『与作』『浪花節だよ人生は』の3曲。
オープニングは『宇宙戦艦ヤマト』
しめくくりは 『ふるさと』で合唱。
演歌メドレーは昨年よりレベルアップした感じ。
フルートやバリトンサックスのソロがいい音。
‘ちょん’は今回はグロッケン&シロフォンの鍵盤担当たっだ。
今回が1&2年生初の演奏会。
このあと中学校の合唱コンクール、地区フェスティバル
アンサンブルコンテストと演奏会が続く。
アンサンブルコンテストは金管、木管などに分かれての演奏で
パーカッションのみでの参加はないので、金管に混ざっての八重奏。
殆どの楽器が1楽器1人で校内オーディションがある。
パーカッションは2年生3人中、1人参加。
オーディションは2回行われ、念願叶って‘ちょん’の出場が決定。
アンサンブルコンテストは冬開催で、引退後の3年生は参加できない。
1年生は経験が浅いので優先度が低いし
2年生が唯一の出場チャンス。
どうしても出たい感じを見せなかった‘ちょん’であったが
数日前に尋ねたら「そりゃ出れるものなら出たいよ」と珍しく意欲的。
昨日が最終オーディションで
ちょっと失敗して、結果が出る前から泣いてしまったらしい。
夜遅くに更新されたブログには
「他のパーカスメンバーの分も頑張る」と書いてあった。
普段あまり感情的にならない‘ちょん’。
昨日はよほど嬉しかったに違いない。
青春だね。
今朝も美味しそうな食パンが焼けて気分爽快。
10時のおやつにいちごジャムをのせて出したら
「このパンは好き、ふわふわだから、あとでまた食べたい!」
‘ぼんこ’の嬉しい言葉。
しかし、どのパンと比べてそう言ったのか?
そんな明るい休日だったように思えて
実は早朝、久しぶりに尿管結石の症状。
4時過ぎに目が覚めて
なんとなく右腰の辺りが痛いなぁと思っていると
来た来た、段々強くなってくる痛み。
半年ぶり位だろうか。
どうもそれがサイクルになっているような
多分定期的に結石ができているんだろう。
それにしてもこれからお弁当を作らなきゃってときに最悪。
しかし何度も経験を重ねるうちに
どれくらいで回復するか、どう乗り切るかが分かってきた。
とにかく尿を出して石を落とすこと。
かといってそう頻繁には出ないし
痛みがひどくて水分を取る余裕がない。
トイレに行き、水分を一口含んで横になる。
30分後、またトイレ→水分→横になる。
これを3~4回繰り返すうちに、痛みが腰から下腹の方に移動し
耐えること約2時間
最終的にはさっきまでの痛みが嘘のようになんともなくなる。
そのときの身の軽さと言ったら、この上ない解放感。
体のどこも痛くないということがどれほど楽なことかと実感する。
今朝もこの方法で痛みに耐えながら乗り切る。
本当は痛くなったらすぐに病院に行くのがいいんだろうけれど
痛いときはとても自分で運転できないし
誰かに連れて行ってもらいたくても
そういう時に限って旦那は仕事だったりする。
このまま2時間以上経っても治まらなかったら救急車か、と思う。
ごはんが炊き上がるまであと2時間
なんとかお弁当を作る時間はありそうなので
「うぅ…うぅ…」とうなりながら、ゆっくり腹式呼吸をして過ごす。
5時といえばまだ暗い。
娘たちに私のこの声が聞こえていたらさぞかし恐ろしかっただろう。
そんな感じで何とか乗り切り、お弁当を作った。
玉子とじ丼弁当。
一見豪華そうにも見えるが
実はウインナーや唐揚げなどタンパク質系おかずがなかったので
冷凍ストックのパラパラ炒めでなんとかごまかした苦肉の策。
‘ぼんこ’にもランチに玉子とじ丼をつめてあげた。