伯耆町は「しびの里」とも言われています。
TOP画像は、伯耆町役場本庁舎です。
寄せ棟づくりの甍には、金色に輝く鴟尾(しび)が設置されています。
国道181号線沿いに、大寺廃寺の塔の心礎(礎石)があります。
[伯耆町教育委員会編纂の「伯耆町の文化財」から抜粋]
大寺廃寺は、日野川に架かる伯耆橋(大寺橋)の西のたもとに位置する白鳳時代(7世紀後半)創建の寺跡である。
大寺、殿河内、隣村の新庄にかけて、寺名や寺に関係のある地名が非常に多いことから、大寺には昔、大きな寺があったと語り伝えられてきた。
大寺廃寺の存在は、大正7年(1918)、郷土史研究家足立正によって福樹寺境内の竹やぶから石製鴟尾(しび)と多数の布目瓦が発見され、この地が廃寺跡として知られるようになった。
・・(中略)・・その後、昭和41年~42年(1966~67)に国道181号線の改良工事のため、鳥取県教育委員会により緊急発掘調査が行われ、その後数次の調査で塔跡、金堂跡、講堂跡、回廊跡等が発見され、伽藍配置の規模、形態が明らかとなった。・・(後略)
この心礎は火成岩で、南北2.4m、東西2m、その中央に柱穴があります。
柱穴は直径71cm、深さ29cmで、その中に直径16cm、深さ15cmの舎利孔がつくられ、舎利孔上部には直径20cm、厚さ2.5cmの蓋を置くための穴が設けられていて、丁寧なつくりが見られます。
(これも伯耆町の文化財に書いてあります。あ~ぁ、文章を書くのが辛い(笑))
この心礎は、昭和51年に町指定文化財に指定されたそうです。
心礎を挟んで国道181号線沿いに建てられている看板に従って、奥に入っていくと鴟尾があります。
白鳳時代に創建された大寺廃寺の金堂の棟に飾られた石製鴟尾の一つが、現在、福樹寺境内に保存されています。
他の1個は、日野川の氾濫の際に流され、米子市八幡の「ようげんじ淵」に沈んだという言い伝えがあるそうです。
この鴟尾は、安山岩を丸彫りしたもので、高さ102cm、厚さ50cm、幅77cmあります。
説明版に書いてあるとおり、石製の鴟尾は、全国でもほかには群馬県の山王廃寺にその存在が認められるだけだそうです。
福樹寺の鴟尾は、昭和34年(1959)に国の重要文化財に指定されました。
役場の鴟尾珍しいですね
大寺廃寺の塔の心礎(礎石)71cm大きいですね
お寺の建物の大きさが想像出来ます
伯耆町 どこにあったのかな
あっ!いつも通る所だ(地図で確認)
勉強になりました
私は、時代考証とか歴史物には詳しくないですから、心礎が大きいかどうかはわかりません。
「伯耆町の文化財」によれば、伽藍が南北69m、東西約55mの範囲に、北に塔を、
南に金堂を並列させ、その背後に講堂を置き、回廊が塔や金堂を囲み云々とあります。
想像図では、大寺廃寺は三重の塔が建っていたとなっています。
伯耆町は、inaさんがよく大山に来られるコースですよ。
米子道の「溝口」インターか、2~3年前にできたetcカード専用の「大山高原」スマート
インターで下りると伯耆町です。
今晩、ジムで運動している時に、車のガラスを割られて、コンデジの入ったかばんを盗まれました。
油断してました。
保険でカバーできれば新しいの買います。(笑)
散歩での撮影は、コンデジが便利ですね。
オランダでも車上荒らしがありますか!
いずこの国でも悪いことをする者がいるのですね。残念なことです。
まあ、これに懲りずに、画像での怪外特派員報告をこれからもよろしくです(笑)