ブログ「長年、ありがとう」パート3、いま奇跡!? を投稿します。もし良ければ、お付き合いいただけると、幸いです。
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まず、最近投稿したブログ「長年、ありがとう」パート2「苦しみ↔落ち着きに複雑な想い」は、こちら。
ここ3ヶ月ほどの急転回で、父は、入院先で余命は勤労感謝の日あたりまでと見られました。
そこで慌てて父を自宅に連れ戻し、訪問看護(医療、治療)をお願いすることになりました。(医療機関、介護サービス会社、タクシー会社など、そして、各種手配をしてくれた妹に感謝しています。)
ここ数日、お別れを覚悟して頻繁に父に声を掛け、身の回りの対応を訪問看護スタッフの皆様にお願いし、身内も一緒に行なってきました。
そして、会いたかった方々に直接または間接(ビデオ電話)で再会できました。(今、スマホでビデオ電話ができ、技術の進化は凄い、と、父と話しました。)
さらに、これまで飲食が十分にできなかった父に、身内は覚悟した上で本人が望むように、水分、食(果物、料理)を摂ってもらうようにしました。看護スタッフの皆様からの助言で、飲食時は【嚥下】(えんげ=飲み込み)を注意しています。
そうしたところ、寝ている様子は相変わらず心配な時がありますが、起きている時は積極的に飲食でき、嚥下機能を大切にしたおかげか、お話が少しできるようになってきました(機能が戻ってきました)。
ところで、今日、法事(おとりこし)があり、私一人、お寺に行き、お経をあげてもらいました。父は家のベッドの中で身内が手配したお経を聞きました。
夕方、親族とのビデオ電話で、特に生まれたばかりの赤ちゃんを見た時はものすごい笑顔になりました。
このように、生きる意欲がある時(周囲の数々の対応で(支援がある時))、余命宣告を超え、飲食の意欲が出る、人に話す意欲が出る、表情が出る、といった生命力、そして、サービス精神(礼儀)=看護スタッフにお礼、お見舞いの方にもそのタイミングに合った声掛けなど、父から学んでいます。
余命宣告された父の身内として、いま、父の容態に一喜一憂し、周囲を振り回している感があり、それは、申し訳なく思っています。
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さて、今日はこういう素敵な曲を知りました。
You Tubeなら
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最後に懐かしいブログを一つ…
"À toi" (ア・トワ、あなたに、Amirさんの曲)を聴くと、素敵な夫婦愛を想います。
「ジュスカラファン」
jusqu'à la fin
最後まで
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今日のブログは、ここまでとさせていただきます。
この個人的なブログにお付き合い下さり、ありがとうございました。