今日、何度か電話で話した。
現場に行かないと分からない話って沢山あるんだと思う。世田谷のボランティア協会のアマチュアぶりには辟易するが、ボランティア自体には得るものが多いんだと思う。
うちの奥さんは両親が神戸出身であり、祖父母は未だに神戸に住んでいる。1995年1月17日のあと、どうしようかもがいていたに違いない。当時は何をしていたのか、奥さんからの話だけで実際の状況は知る由もないが、高校生だったであろう彼女は自分が出来ること、出来ないことの壁の高さに恐らく忸怩たる思いだったのだろう。人間の原体験とはそのくらいの年齢当時に、何をどうしようと考えて、何が何によって出来なかったか、等を一生覚えているんだと思う。阪神大震災で自分の家族が被災し、それに対して出来たアクション、出来なかったアクション…。
これは他人が兎や角言えることではないが、きっと計り知れない大きなものを抱えたのだろう。
大人になった今、特に家族とかそう言う小さな話ではなく自分が被災地、被災者に何が出来るのか、多くのことを考えたのだろう。その結果のボランティアへの参加だったんだと思う。現地では言葉では言い尽くし得ないものを感じ、それをどうまとめるのか、賢い人間だからこそ考え過ぎてしまうところに関してはおいらが手を差し伸べる。しかし、どこまで何をするのか、これは二人で考えなければならないことなんだろう。
色々な意味で成長する機会だったんだろうな、きっと。こう言う経験が出来たのはプラスになる筈だ。
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