昨日から通風で死んでいるおいら。。。
みらんくん🧸を本当ならば保育園へお迎えに行きたいところだったが、そんなこと叶うはずもなく激痛で寝ていた昨日…。奥さんが代わりにお迎えに行ってくれまして。帰宅したとき、おいら、痛みで気絶したままで気付かなかったんですね、帰ってきたこと。その様子を見て、起こさないように、おいらの頭をよしよし、ってしてくれていたそうな。起こさないようにそーっと、パパ、痛いの大丈夫?って。そう云うの大概してくれたりすると気付くんだが、全く気付けない程痛みで意識が飛んでました…。
そう云うの、きちんとお礼を言ったりするんですが、照れちゃうんですよねぇ。自分のしていることが、どう受け止められるかとか、物凄く考えちゃうタイプのようでね。おいらと同じです。この年齢のときって、目立たぬよう、自分の意見を誰かに言うとか全然したいと思っていなかったんで。それでも考えは物凄く突き詰めていた記憶がある。一つ一つ、めっちゃ考えていた。
そう云うの、なんとなく分かるから、何をしたかったとかあまり深追いはしないようにしている。聞かれるときっと恥ずかしいんだろうなぁ、って思うから。でも、おいらがどう思ったか、についてはきちんと伝えている。今朝、こういうのはパパ物凄く嬉しいよ、ありがとう、って伝えた。彼なりに、やったことが、パパとは言え自分以外の他人にどう思われたのか、それが認識されたんだと思われる。そう云うことの積み重ねで、自己の認識の相違感とかが減って、自己認知と言うか、自己肯定感が上がってくれると良いなぁって思っています。存在を認めているのはもちろん、してくれたこととかが如何に家族で喜ばれたとか、ちゃんと分かって欲しいなぁって思うから。自分が必要とされていることを適切に伝えたいと思っている。
パパたちは、君が優しい子だってこと、物凄く知っているからね。
心配してくれてありがとう。
よしよししてくれたこと、とっても嬉しかったよ。
愛してるよ、みらんくん🧸❤