今更、スポーツマンシップについての定義を語るようことは、此処ではしませんが、それは今回の関西学院対日大のアメフトの試合が、最早スポーツマンシップ云々のレベルではないと個人的には思っているから。
かなりレベルの低い話になっていると思っていて、これはスポーツマンシップのレベルよりも低次元の法律論の話になってしまっている、と言うことである。焦点は日大の大学行政の稚拙さが暴露することになった、この大学行政の常務理事をしている監督の不法行為、である。端的に、監督がスポーツの試合と言う現場で、意図的にルール違反をするプレーを選手にさせたことが、傷害罪に問われるレベルの悪質な事件になっているのではないか、と言うことである。
然し、スポーツの試合中の行為に対して、訴訟は可能か、と言う問題がある。
例えば、1986年6月13日の対西武戦で東尾からデッドボールを受けたリチャード・デービスが殴り掛かる事件が起きたが、この時、西武球団は告訴も辞さないと言う構えのところ、近鉄球団からの謝罪で告訴せず。これは別に告訴するのを誰かに妨げられた訳ではなく、西武球団が止めただけ。現実問題、東尾修は死球王と言う異名があり、東尾に当てられたのなら、怒って当然では?と言う論調もあったらしく、然るに、西武球団が本来は被害者であるはずの東尾が実は加害者の立ち位置となるべく、この騒動の発端になっている、と明らかになることを避けた節がある。所謂、薮蛇で、要らぬ詮索をされることを避けたと言うことである。
サッカーの場合には、サッカー協会が競技中のけがによる法廷闘争は禁止しと言う、いわゆる「不提訴合意」を示しており、サッカーの試合の中で起きた件については、基本、訴訟沙汰はない。但し、プレー中では無い反スポーツ行為に対しての議論については色々と分かれるものの、基本的にはないことになっている。個人的にはサッカーの試合中のプレーに関する定義を幅広く取りすぎると、憲法で保証された権利の侵害になり、サッカーの試合中の話でしょ?と拡大解釈になりかねないスタンスはどうかと思う。個人的には、たとえ90分の試合中でも、オンプレーではないタイミングで、つまり、プレーが途切れているタイミングでいざこざがあって骨折、なんてことが起きた場合にはどうするの?そんなこと起きない理屈なんてなくないか?と思っている。現に殴り合い的なことはたまに発生するので。この前も磐田の外国人選手が激昴して横浜のコーチなどに向かっていった事件が起きた。このジュビロの選手は解雇されたけどね。解雇されたから、刑事事件の対象ではない、とは言えない訳で。。
さて、アメフトのことはよく知らないが、プレー中であることは間違いない。
が、プレーが切れているとも言えるこのインターバルにあの不正行為、いや、不法行為と言えるか、微妙なところではあるが、それが試合中に発生した。親はスポーツマンシップはもとより、ルールに基いて、さらに言えば不法行為はないことを前提に子供を大学スポーツに預けている。アメフトの内部ルールで不提訴合意があるかは分からないが、告訴したくなる気持ちはよく分かるレベル。このまま日大が恥ずかしいレベルの謝罪にもならないことを続けていれば、親はこの監督の指示の元に不法行為が行われたのでは?と告訴することになると思う。
いや、酷いよね…。
この行為、様々な選手からの言質により、監督が指示したことはほぼ間違いなく、だとすると永久追放も視野に入る中、日大フェニックスは出場停止1年などの付帯的処分を連盟が課せられるか、その辺を含めて最早厳罰の方向性は免れないだろう。実際、脊椎損傷などになれば、車椅子生活になり、彼の人生は不便極まりないことになる。たまたま今回はそう言う怪我にはならなかったが、死んでいるかも知れないことをしでかした、と言う意味で、ある意味殺人未遂容疑を掛けられても仕方ないレベル。この監督は殺人教唆になる。いや、亡くなってないから厳密には殺人教唆ではないかも知れないが。
そんな中、広告塔扱いしていた大学行政は、相変わらずの間抜けな回答をし続けるか、誤りどころを知らない象牙の塔の典型パターンになり続けるのであれば、日大のブランド価値を毀損させることは間違いない。また、アメリカンフットボール自体を危険な、マインドコントロールに掛けてしまうような、怪しいスポーツだと認知させ、結果的に、競技人口を少なくさせてしまうと言う引き金を引いたのは日大の監督、とスポーツの価値を下げさせることになりかねない。後世、いや近い将来かも知れないが、何処ぞの大阪の料亭以下の最低な謝罪のワーストケースになることは容易に想像出来るかと…。
早く謝りなよ、ホント…。
そして、ちゃんと謝りなよ。。。