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父は体調が良いわけではなさそうだけど、
シャキッとした顔をしていた。
いろいろ思うところはあるのだろうなぁ。
春だからみんな
体調は不安定になるものよ!
そんなことを言いながら、
今日は帰ってきた。
明日は散歩でもして
気分が晴れてくれると良いのだけど。
自分で自分の命の選択を
しなくてはいけない今の世の中。
医療が発展し、
健康保険のおかげでもあるのは
重々承知の上で言うのだけど、
ちょっと辛かったりもする。
人生の最後に、
まだこんな辛いことが
待っているのね。
などと思ったりしてね。
飛行機から見た富士山は
雪がまだらで、春なんだなぁと。
いや、もう春が終わろうとしてるのだね。
清々しい!
明日、散歩がんばろー!
あたしも母親見ててそう思う。
自分の判断が良かったのかどーかって。
何が一番ベストかなんて、わかんないよね。
でも、ヨーコさんにはお父さんが、あたしには母親がまだ必要なんだよ。きっと。
身体が不自由になっても、身体をはってなにか伝えたいことあるんぢゃないかと思う。
毎回、神戸までご苦労様。
お父さんといお散歩が出来るといいね。
ヨーコさんの努力が報われますように。
ガンバッテルネ(^_-)-☆
ご苦労様です。
親が老いる姿を見るのも何だかセツナイことだけどさ・・・
ワタシは、親が子供に見せてあげられる最後の親としての姿・・・なんじゃないかと思ってますね・・・
四の五のとワタシもその都度思うのだけど・・・思えば老いるという経験だけはまだ自分にも未開の世界だしね・・・
そっか・・・こうして人は老いて行くのだと思うシュミレーションみたいな感覚もあるかな・・・(^_^;)人其々だけどね・・
いつかは自分もいく道なんだろうと思うと・・・
嫌でも受け止めるしかないなぁ・・・とかね・・でまた、受け止められる年代になったんだろうと思う事にしてます(笑)
ヨイショっ・・・得意だから(^^ゞ
でも、学ぶね・・・ワタシも通いで自分と母の時間に距離があるから少しだけ冷静を取り戻せる時間がある・・・
そこが救いの時もある・・・
一人であれこれやらねばならないのは大変だろうけど・・・めげないでね・・・
今やれることはやっているのだから、十分に伝わってるよ・・・ワタシをそうして励ましてくれた先輩がいまして、その言葉が嬉しかったから、トラネコ様にも・・・ね(^_^;)
自分を責めないようにしようね~(^_-)
いろいろ、考えてしまいますね。
昔の人は辛抱強かったのね。
医療も発達してないから、最後まで頑張り、
周りは見守る。
ろうそくの炎のように、命のともしびも
静かに消えてゆく様を見つめる・・・。
祖父母と両親と、それぞれの逝き方
こちら側の処し方を思い出しています。
あれでよかったのか、
あれでよかったのよね、と。
トラネコさんはとても冷静で心あたたかく
お父様に接しておられるとお見受けします。
くれぐれもご自分のお身体も大切に。
レオくんはっちゃんのためにもね。
これでいいのか、
これがいいのか、
違うのか。
親といえども、
何がベストなのかは、
むつかしいものですね。
自分がどう死にたいかなど、
生物学的に反した発想ですもんね。
ご自分がキャンサーサバイバーで
ご両親の介護をなさっていた方にも
話を聞いてもらったのですが、
父自身も迷いや決断できない気持ちも
あるだろうし、本音でもあるだろう、
と言ってもらって、
そうか、一緒に迷い、考えて、
選択していけばいいのかなと
思えるようになりました。
今は老人ホームも理解を示してくれるように
なりましたが、透析をしないという意思に対して、
最初はとても拒否的で(そりゃそうなんですよ)、
父も私も非人間的なことを言っているのかという
苦しみもあり・・・。
父がノーという限りはその意思を、
緊急時はそれはそれ、ということで、
考えるということにしています。
父の時は、突然の出来事で、
朝、頭痛がして熱があるから風邪だろうと思っていたのに、実は、脳内出血。
水頭症で、手術しないと助からないと言われ、
手術しましょうというところで、
内服薬が変わっていたことで手術なし。
命は拾えたけど、それからは、少しずつ、
病気は進み、結局寝たきり意識もはっきりせず、
大学病院から出され、
別の医療施設に…。
そして、これまた予期せぬ時に逝ってしまいました。
母は、認知症が少しずつ進みながら、
転倒したことがきっかけで入院。
結構長く病院に入れてもらえて、
その間、どんな施設に入れるか本人とも相談し、自宅から近い有料老人施設に。
その間、一人でいろいろ悩みました。
兄夫婦がいたけれど、その頃仲が良くなかったので、
結局一人っ子状態。
医療は進んでいるけれど、
どうしてほしいのかは、本人が選ぶのかもしれないな。
母は、生前、自分の病気が進んだらこうしてほしいという「エンディングノート」みたいなものを書いていて、
その通りにしてもらいました。
もし、あの時、そうしなかったらまだ生きていたかもと思うけれど・・・・。
生きるすべがあるのにどうして?と問われても
本人の生き方なのだと思います。
だから、お父様も自分の生き方を選択されたし、
その生き方を支えるトラネコさんはえらいです。
自分のエンディングのことも考える年になってきたし、
このところ、猫さんのことでも考えさせられます。
猫さんには、選択肢はないけれど、飼い主としてどこまでしてあげられるか?
自分が最善と思ってもそうでないかもしれないし、
でも、でも、それでいいのだと思います。
寄り添ってあげられることがなにより。
悩みます。
本人の希望がどこまでの本心なのか、
今の気持ちなのか、
本人も気づいてなくても、
本当は延命したいのだろうか、などなど。
でも、寄り添うしかないですね。
寄り添うことが大切なのかもしれませんね。