こちらへもすっかりご無沙汰になってしまった
ママチャリで出掛けたものの、1、2度。今日までの間、調子が冴えないままやっと
こちらの下書きに手を加えたようなそんな夜
今年お正月は、葬儀屋さんより届けられた料理縦横長さ25センチくらいの正方形の箱の中に、更に9つの小さな箱にいろいろなお料理が詰め合わせになっているものをいただいた
同居人数が少ない当方の家にしては、えらい量のお料理がきたものだなあ、平らげるのが心配な程
3日掛けて何とかいただいたが、それでも例年よりはかなりの量と、慣れないお料理の中身だった
お雑煮は、小松菜、鶏肉、なると、くらいだろうか毎年
醤油べーすであっさりとしている味付けが恒例の味だった
それにしても、お餅は腹もちが良い。お正月過ぎてもしばらくの間、お餅を食したくなるのは
おしるこになるから
気合を入れないといけない日
(何の気合なのだか。。。)
朝寝坊した日
手っ取り早くお腹に入れたいとき
おしるこを外で見たとき
(自販機のおしるこ)
(甘味処のおしるこ)
自販機でコーンスープを見たとき
または飲んだとき
たい焼きを見たとき
あずきの缶詰を見たとき
数日前、夕飯におしるこが食べたくなり、昼間のチョコレートをぐっと我慢、甘いモノ我慢し
夕飯のおしるこに辿り着いた
実際は、おしること大根の煮物の組み合わせだった
これで昼間にチョコレートでもかじっていたなら
おしるこを食べてもなんとも思わなかったかもしれない
家で食べる事に意識を向け出す
農協で買う野菜は、地産地消であり、生産者さんと消費者とを結びつけるモノ
商品として陳列される迄の中間地点の通過はない。生産者さんが軽トラで農協へ朝持って見える
野菜だけではない。ポット苗、切花、枝物、いろいろ
今の時期であれば、ろうばい、土佐水木、桐、の枝物
キンセンカの苗は、黄色やオレンジ色が気持ちを明るくさせてくれる
そんな中で、たとえば
小松菜、ほうれん草などの葉物などは、生産者さんの人数も他の野菜と比べると、比較的多い
それぞれ、矮小化した出来栄えだったり、または長い寸法とか
消費者よりも、現場では、生産者同士の競争だったり
農協が開店すると同時に中では、消費者にはわからない、厳しいモノを感じる
なにしろ、野菜を包んであるビニールに貼られてあるシールに記載されている、
生産者名で
分かるため、気に入った野菜があると名前で記憶している
そういえば、あるスーパーのレシートで、野菜を買ったときの明細が
商品番号、生産者名、金額
という明細だった
家に帰り、なにを買ったのかをつたえるも
◯◯さん(生産者名)、150円
⬜︎⬜︎さん、130円
◯⬜︎さん、170円
◯◯◯さんが、、、
と、ずらずら読み上げたら?名前で言わないでと言われた事があった
確かに
商品名ではなく、生産者名と単価で明細が記載されていても
読み上げる人も確認する人も
わかりにくい
というより、わからない
◯⬜︎さん、高いわね
◯◯さん、これでこの値段安いね
と言った会話になってしまう
これが、レシートなのか
野菜しか買わなければ、フルネームで記載され一体なに買ったっけ
になってしまう
となんとも読みにくいものだと思った経験がある
農協は楽しい、安い。生産者から話を聞けたり(野菜の使い方で)
買い物に来た人より教えてもらったりとか
冬場は保存がきくため、多少多めに買い物し、野菜をふんだんに使った食事も有り難い
スーパーでは見掛けない種類も見かけるときがある
煮物、味噌汁、スープ、身体が温まり健康によいし美味しい
冬場なら種類豊富に買っておくと、安いので食費が少し浮く
こうした、農協の存在も
コロナ禍の身近な楽しみのひとつであり
ママチャリの前と後ろに沢山積んで帰宅する
居住地付近の地元での有り難さを、ここで感じたのは
コロナ禍だからこそなのかもしれない
買った野菜を軽く水洗いし、ひとつずつ新聞紙で軽く包み、保存しながら
ふと感じた