高校の同窓会の案内が来た。
一次会と二次会と合わせると5時間以上の長丁場になる。
楽しければあっという間だけど、
話に乗れないときっと長く感じると思う。
会場は一流(?)ホテル。
ラフなスタイルではNGだろうな。
若い頃ならお気に入りのワンピースとかスーツとかを着るのかも知れないけど、
デップリと太ってしまったしまりのない体型では何を着ても似合わない。
髪を染めて若返ったけれど、お化粧なんてしばらくしていない。
身なりにかまわない人と思われてるだろうけど、
アトピーだし、目の手術してるからファンデーションとかついつい避けてしまう。
デップリになったのには理由がある。認知症の母親の介護をするには自分の時間を捧げなくてはならず、ストレスを食で発散。
娘が拒食症で外食してもほとんど残すからそれを平らげていたらそりゃ太るわ。
忙し過ぎて我が身を振り返る間もなく、主任に指摘されるまで太ったことすら気付かなかった。
ズボンのサイズがどんどん大きくなるのに気付かないってどんだけ~っ。
人間、何かに気を取られていると知らず知らずのうちに精神的に追い込まれていき、自分を見失う。
親は認知症。
娘はいじめと教師のパワハラが原因で統合失調症。
旦那君は朝早くから夜遅くまで仕事。休みの日も仕事。たまに休みがもらえても九州の母親の陽子を見に行ってしまう。
何て言うか八方塞がり?
仕事ではブレイン君のせいで四面楚歌だったし。
死にたいとしか言わない娘。
自分の意志にそぐわないと暴れる母。
事実は小説よりも奇なりと言うけれど、
神様に祈っても仏様を拝んでも何一つ解決しなかった。
仕事は別の人の暴言のおかげで勢いで転職し、ブレイン君と離れられたけど、
薬剤師の世界って恐ろしい。
パートのおばちゃんだからお気楽でしょ?
そう思われる時もあるけど、
雇用条件がそうなのであって、仕事の大変さは変わらない。
「ベテラン」と呼ばれる年齢。
できて当たり前。そう思われるのが当然だ。
でも、まだまだわからないことはたくさんあるし、面分業(←決まった医療機関の処方箋のみを扱うのではなく不特定多数の医療機関の処方箋を扱う)で市販薬のご案内もしないといけないし、介護や子育ても含めてあらゆる相談も受けないといけない。
瞬時の判断力も必要なんだけど、
若い頃のようにはいかなくなってきた。
きびきびと、とか、テキパキと、とかできなくなりつつある自分にイライラする。
家事もそうだ。
イメージ通りにいかない。
すぐに眠くなるのに布団にはいると短時間しか眠れない。
若い頃なら何時間でも眠れたのに、眠剤を欲しがる人の気持ちが痛いほどわかる。
床につくとあちこち痛くて湿布と痛み止めが必要だ。
お酒もチューハイ一缶で充分でストロングは強すぎる。
飲み会とかキライじゃなかったけど、今は一次会の途中で眠くなるし帰りのことを考えると億劫だ。
若い頃なら三次会、四次会ととことん楽しめたんだけど、
もう無理だわ。
歳を重ねると言うことはあきらめるということなのか…。
思うように動けないポンコツな身体。
フル回転できないポンコツな頭。
自分で自分に失望する。
「なんだかガッカリ。」つい、口から出てしまった。
「どうしたんですか?」と助手。
テニス部だったのでパートナーは大切にしているつもりだ。
「この頃ね、もう歳だなー、と思うことが増えてね。」と私。
「何言ってるんですか。ゆうこさんにはゆうこさんにしかできないことたくさんあるじゃないですか。たとえばお客様を安心させるとか笑顔にするとか。私たちだってゆうこさんがいるから心強いんですよ。辞めるなんて言わないでくださいね。」と。
「若い人には若い人の良さがあって年配の方には年配の方の良さがあるのですから。」
まだここにいていいのね。
歳を取ると邪魔者扱いされることが増える。
でも、
みんなが通る道なんだよね。
老化現象に抵抗してみるけれど逆らえないのか、と、落ち込んでいたけど、
病気も怪我も老化現象も上手に付き合っていくものなのかもしれないな。
60過ぎても鍛えれば筋肉はつくらしい。
今の60代は昔の60代と違ってまだまだいろいろなことが楽しめると何かに書いてあった。
90過ぎて新たな趣味を始める人もいるらしい。
「身体や頭にガタが来てもまだまだできることはたくさんあるのよ。」
お客様から学ぶことは数えきれない。
毎回顔を合わせていると気持ちが通じ合えることもある。
一期一会。
ふとその言葉を思い出した。
自らの死を意識し、残された時間を大切にしたいと思うのならば嫌なことは嫌と言ってもいいのではないだろうか。
還暦を過ぎたら物事の基準とか誰かが決めたしきたりにこだわることなく、自分で自分を解放したほうが良いのでは?
明日があるかどうかわからないのだからクヨクヨしたりつまらないいざこざで落ち込んでいてはもったいない。
ある日突然食べられなくなることもある。
元気なうちにやりたいことはやらないとね。
あ、そうそう。同窓会。
仲がいい友達がいるとか、学生時代充実した日々を送っていたのなら参加するけれど、
受験校の同窓会ってね、大自慢大会になったり政治活動の場になったりもするんだ。
胸を張って生きてる人々を見て落ち込むのはわかってる。
よく考えてみたら母親が選んだ学校で、楽しかったかと聞かれればそれなりに楽しかったけど、
借り物の着ぐるみを着たいい子ちゃんロボットだった気がする。
成績優秀者の集団の中で暮らすのは非日常的だったりしたし。
ほら、通学の時に列車の中で単語帳見たりノート開いたり。
今ならスタバとかタリーズなんだろうな。
学業成績とか学歴って学校を卒業して社会人になったら仕事の上で必要かもしれないけれど、
いつまでも過去の栄光にこだわっておごり高ぶっていては煙たがられるだけだ。
同窓会か。
楽しいものという既成概念があったけど、
学生時代がトラウマってこともあるんだよね。
「仲間」か。
懐かしいけれど、たぶん皆は当時の話で盛り上がり、いい子ちゃんロボットの私は当時皆と一緒に学校を抜け出してパフェ食べに行ったりする勇気がなかったから話に参加できず作り笑いしてるんだろうな。
一緒にパフェ食べに行きたかったな。でも母親にバレることが怖かった。ただそれだけなのに、
「ゆうこさんって真面目だから。」といつしかお楽しみに誘ってもらえなくなっていた。
青春したかったな。
りぼんに描いてある漫画のような恋がしてみたかったな。
片想いの人はいたけれど、
デートとか無縁だったし、自分はブスだからと自分に言い聞かせてた気がする。野豚みたいに。
残念ながら亀梨くんも山ピーも現れずそのまま卒業し、親の敷いたレールの上を走る人生だったけど、
奇跡的に結婚し、ふたりの子宝に恵まれ、平凡な幸せを願ったはずが、波乱万丈の人生を歩むとは思いもしなかった。
でも、
いろいろあったからこそ今があるのかもしれないから、
良しとするか。
みんな違ってみんないいのに、なぜ世の中は変な基準でくくりたがるのか。
人生いろいろ。順風満帆なときばかりではないからこそ面白いのかもね。
案外何も起きないと退屈でくだらないことが目につくのかもしれないな。
「あきらめる」そう思うと悲しくなるから、年老いてこその新しい発見を楽しみたい。
歳を重ねる。
経験を重ねる。
ばばあではなく、ばあばになるの。
かわいいおばあちゃんになりたいけれど、
母みたいなめんどくさいばばあになるんだろうな。
親子って似るのよね。
ってことは、まだまだ先があるってことなのか?
明日がわからないから生きられるというけれど、確かにそうだ。
今は今しかなくて、過ぎ去れば過去でまだ何も起きてないのが未来。
過去は変えられないけど、未来は気持ちの持ちようで変えていくことができるのかもしれない。
運命には逆らえないけれど、運命って誰が決めたのかなんてわからないし。
今できることを楽しむ。
それでいいのかも。
写真は東京スカイツリー。
すみだ水族館がお気に入りで時々行きます。
一時期ひざが痛くて杖をついていましたが、今は階段の登り降りもできています。
調子に乗って展望デッキで写真をとってもらったこともありましたが、目の毒なので載せません。
アハハ。
子供の頃は親戚が来ると東京タワーに行きました。
地デジ、今や当たり前ですが国が制度を変えると国民は大変です。
10月からジェネリック医薬品への変更を拒むと自己負担金が発生することがあるようですが、なんでもかんでも外国の真似をしてジェネリック政策を推進することにモヤモヤしています。
医薬品の供給がいつまでたっても安定しないのには困ったものですね。
ゆうこは引退を待つ身なのであと何年間かの辛抱ですが、若い薬剤師さんは国の政策に振り回されっぱなしでかわいそうです。
なんていうか、
変なのっ。日本の教育も、ね。
高校の同級生、学校の先生が多いから、過去の同窓会とかで業界話に花を咲かせていました。
お互いを先生と呼び合う不思議な光景。
薬剤師も、かな。
今の職場は先生ではなく、○○さん。親しみやすいです。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
そういう人になりたいです。
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