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児童相談所と 5

2018-02-03 13:25:35 | 悲惨な

 とりあえず心療内科を受診する事にした。

クリニックは小奇麗で、狭めの待合室には「風になびく女性」のブロンズ像が展示してあり、受付の女性は優しく親切。

待ち時間は長めで、診察室から患者がなかなか出て来ない。待合室では項垂れて自分の名前を呼ばれるのをじっと座って待っている。

診察室に入った途端、蚕が口から糸を吐きだす様に喋りだす。心が弱っているのか溜まった物を思いっきり吐き出す。

自分の思いを話す程、病んでいる事を自覚し、自己暗示にかかってしまうような気がする。精神科医は薬を処方するだけで他に治療法が余り無いように思う。

気お付けないと心療内科に嵌ってしまう、精神科医はボロ儲けだ。

うちの子の診断結果は高機能広汎性発達障害と診断された。

最初、広汎性発達障害が何か分からないので調べてみた。

広汎性発達障害の診断基準は、数種類の症状の内、それに何項目当て嵌まるかで診断しかなり曖昧である。

誰でもがそれに当て嵌まるように思う、結局精神科医の言い成りである。

この先生は広汎性発達障害を主張してそれを広め、知る人ぞ知る地域では有名になった先生だ。有名になれば儲かります。

またこの先生は児童相談所の指定医でもあり児童相談所と繋がっていたのだ。

その先生に、2種類の薬を処方して貰い飲むようになったが、なんの効果も無かった。

それは子供が病んでいるのでは無く、学校の先生や周りの接する人間が、甘やかしだれが見ても分かるような特別扱いをし、本人は特別と思い込みおかしな行動をするようになったと思う。

家では問題無く暮しているのに。

でもこの精神科医はまだマシだった。

 

次男はそして訳もあり、自立支援施設に入る事になった。

自立支援施設には大きな精神病院から若い女医が往診に来る様になっていたので、前のクリニックには行く必要が無くなった。

若い女医さんが、これがまた「わや」だった。

施設の職員に薬の説明をして貰ったが、驚いた。

4種類以上の脳に作用する薬を処方して勝手に飲まされていた。

おまけに施設の職員が、「子供が寝小便をするので困る」と言って女医に寝小便防止のそれも脳に作用する薬を処方し飲ましていた。施設の職員も横着をし寝小便の始末をするのが嫌なので薬で対処しようとしていた。

結局寝小便も止まらず、いくら薬を飲んでもなんの効果も無かった。身体の調子が悪くなっただけだ。

施設の職員も職員なら医者も大やぶ医者だ。

子供は薬を飲み過ぎで身体が調子悪くなった、薬を減らして貰い良くなったが、元々薬を飲む必要が無かったのだ。

前の精神科医も若い女医も同じ系列の先生だ。

もうえらい目に合います。

 

つづく…

 


牡蠣漁師と海4

2018-01-21 08:31:56 | 悲惨な

 また煙が上がる、漁師達の携帯電話がわりか。

冬は窓を締めるが春夏秋は臭くてたまらん!

廃棄物を燃やしダイオキシン等のホルモン物質を海に垂れ流す漁師。

福一原発にも負けじと劣らんやりたい放題。

カキ等魚介類を食べるの怖い。


児童相談所と 4

2018-01-06 09:25:06 | 悲惨な

 小学校に通い慣れた頃、校長から夕方呼び出しがあった。

 

「お宅の子供さんは落ち着きがなく多動症でわないか」と女性の校長にいわれた。そして「授業を一度見に来て下さい」と。

当時仕事は早出勤務で2時頃には帰れる事があったので午後の授業を見に行った。

どうゆう具合か、子供に見られないようにドアの窓のところからコソッと覗いてみた。

子供達が皆んな席に付き黒板の方に向いて先生の話を静かに聞いている、その中にうちの子が見当たらない、席の後ろの空いたスペースに大きな冷蔵庫を入れていたようなダンボール箱がある。

それが何故か揺れている、横で副担任がそのダンボール箱をじっと立ってながめている。

ダンボール箱に近づいて見てみると、中に落ち葉を敷き詰めその中でうちの子が泳いでいた。

子供は私を見つけびっくりして急いで自分の席に戻って行った。

大変情けない思いがした、それは子供にではなく副担任の女性の教員に。

なぜ授業中に席を離れる事を許すか?席に戻るように注意しないのか?

私はその副担任にそう言おうと思ったけどその場では控えた。

子供は私はを見つけた後には席に付きじっと授業を聞いていた。

多動症と校長から言われたが、私がいる時、また家に居る時等は、じっとしていられるではないか。お前らが上手く誘導できんのではないか。私が小学生の頃は言う事を聞かなかったら思いっきり”げんこつ、びんた”が飛んできた。そうせずとも「席に着け」と言えばよいではないか。

そして多動症とこじつけられ、心療内科を薦められた。

後で分かったが、職員を増やす為に精神疾患の子供が何人もいて、と教育委員会に職員の増員申請に使う為の出汁にされた。

 

校長が心療内科を紹介すると言って、その筋の精神科医でと新聞記事を持ってきて見せてくれた。

 

つづく…

 


児童相談所と 3

2017-12-18 06:54:15 | 悲惨な

 幼稚園を無事卒業する、この頃までは次男に異状な行動は無かった。

小学校に通うようになり悪い夢を見ているような子育てが始まる、子供は少しづつ大きくなり悪知恵が働くようになる、またうちの子はハーフなので特別扱いされる、住所地が田舎なのでハーフは珍しく、困った事に皆がチヤホヤする大変迷惑である、小学校の先生も同様でこれが大きく災いする。

同級生の母親等から家においでおいでと誘われるが、私は甘やかしたくなく誘いを断るが「うちが責任を持つから遊びに来られよ」と、子供も遊びに行くのが楽しく、行ってしまう。

行った先でゲーム等大体がさせたくない事を覚えて来る。ゲームを覚えると他の事を何もせず放ったらかしで夢中になるので私はゲームをさせないようにしていた。ゲームの楽しさを覚えると中毒みたいになり勝手にゲーム機を仕入れて来るようになる。

祖父母や近所に住む叔父が買い与えるまたは友達から借りる、私は見つける度に取り上げていた。祖父母が「ゲームぐらいええがな」と私に怒る、そして喧嘩になる。

周りは私の事を鬼みたいに言っていたが、その頃から私は身内以外の者とは関わらないように避けるようになった。子供の同級生の親達は皆ゲーム機を買い与えていた、なので勉強する習慣がない、勉強で競う子がこの地域にはいない。皆んなゲームを競っている、その子共らはある程度の(国立または偏差値が50以上)大学に行ける程の学力が無い、長男の同級生は名前を書いたら入学できるような大学かそれ以下(高卒か専門学校)。大学だけが重要では無いがやはり今は学歴社会、子供には親としてソコソコ以上の人生を送って欲しいが。

ゲーム機を取り上げ出した頃から子供の異状な行動が始まった。

 

つづく…


児童相談所と 2

2017-12-16 09:26:44 | 悲惨な

 次男は保育園を退園してその近くの幼稚園に行く事にした。

保育園から歩いて2分ぐらいの近い所にある幼稚園はやはり保育園と交流がありそれが私は面白く無い、でもそのまま保育園で世話になるよりましと思った。

この町は田舎で段々過疎化が進み、幼稚園に通う子どもはうちの子を入れて3人しかいない。なので発表会などの催し物は保育園と一緒に行うので、私はそれが残念で、また保育園の保母と顔を合わす事になる。

 

 この頃は児童相談所はたまに家に様子を見に来るぐらいだった。その担当官は女性で性格が良かった。

その女性担当官とは一旦担当から外れて後に担当では無いが世話になる事に。

 

幼稚園は保育園と違い何かと親切にしてくれた、人数が少ない事もあろうがええ加減な事が無かった。

次男も精神的にも落ち着いた様子でそこに通っていた。

幼稚園の教諭が性格的に合っていたのかまた子供の誘導のしかたが上手かったのだろう、全てが落ち着いていてゆっくりと時間が過ぎていたような、今懐かしく思う。

 

つづく…