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感譚

日々感じたこと、ふと思ったことをつらつら。

自己中のすすめ

2020-07-08 22:38:16 | 日記
皆さんは、自己中心的な人についてどう思うだろうか。

あの人は、人の話を聞かないでいつも自分のことばかり…。
自分がすべて正しいと思ってるのよね…。
自分がよければいいんだわきっと…。

うんうん、分かります。
こう思われる人にはなりたくないし、あまり関わりたくもない。
僕もそう思う。


がしかし、自己中が他人にとって利益になっているとしたらどうだろうか。
例えば、ものすごく奇抜で天才のデザイナーがいたとする。
彼の作る服は、今までこの世に存在しないほど独創的でおどろおどろしく、かつ美しい。
だが、彼は一筋縄ではいかない。
自分がいいと思った服しか作らず、他人の意見や要望は一切受け入れない。
自分が一番だと思っている完全なる自己中心的人物だ。

こんな人物をあなたはどう思うか。
やはり自己中心的だし、嫌うだろうか。
それとも、この人の作る服に少し興味を持っただろうか。

そう。自己中を突き詰めていくと、他人に利益をもたらすことがある。
自分が一番だと信じて疑わず、自分のためだけに行動し続ける。それが、カリスマ性に繋がってくると僕は感じるのだ。


自分だけの道を行く人。世の中に振り回されず、自分の正解を求めて突き進む人。
そんな人に僕は魅かれる。
そして、そんな人になりたいといつも思っている。
世間の声に惑わされないということは至難の業だ。
何をするにしても、周囲からの声は消えない。

そこで負けるな。
他人がよいと思うものを作ろうとするな。
自分がよいと思うものだけを。芯を貫け。
そうすれば、誰かはあなたに魅せられる。
自己中になって、自分という存在で、世の中を魅了していこう。

生きづらさ大国日本

2020-07-07 21:50:32 | 日記
僕は、日本人だ。
外国の俳優さんを見ていると、やっぱり日本人とは体つきや顔のパーツが違うなあとうらやましく思うが、差し当たり日本人であることに不満はない。
外国人に生まれても、イケメンに生まれる自信もない。

日本という国は素晴らしい国だし、ほかの国に誇れるものがたくさんある。


しかし、日本であるが故の生きづらさを感じることも多い。
日本では、他人を立てることが大切になっている。
目上の人を敬ったり、自分の立場をわきまえて行動することはもちろん大切だ。
だが、日本人は自分の存在を低くしすぎではないか。
敬語を見ても分かる。
謙譲語だ。なぜ、相手を尊重するために、自分という存在を下げなければいけないのか。
尊敬語や丁寧語は分かる。相手への敬意を表すためには必要だ。
謙譲語は別だ。謙譲語という敬意の形を、いまいち僕は受け入れられない。

日本人は謙遜する人が多く、それが美徳ともされる。
でも、もっと自信をもって、誇りをもって自分という存在をアピールすべきではないか。

自分を下に見る、自分の価値を下げることが当たり前になっているから、日本には自信が持てない人が多いのだろう。
普段から、自分の存在を、能力を低く低く見ていたら、本当にそうなってしまう。


あなたは素晴らしい。
自分を下げることなんてしなくていい。
自信がある人は素敵だ。自信をもって。

生きづらさを感じるということは、それだけ問題があるということだ。
生きづらさを当たり前だと思うな。
生きづらさは現状をより良い方向に転換できるチャンスかもしれない。

そのタイトルはイケメンか?

2020-07-06 21:45:31 | 日記
素敵な一行…。
素敵なタイトル…。
うーん。つまらないタイトルだな。
・・・

タイトルがイケメン、か。お、いいかも!


いつもタイトルに悩まされる。
どんなタイトルが素敵か。面白いか。人の興味を引くか。
最高の一行をいつも探している。

タイトルが長すぎると、あまり読む気にならない。
やはりできるだけ短く、それでいて気になるようなタイトルをつけたい。

タイトルは、一番先に目につくところだ。
それだけ大切だし、難しい。
ブログもそうだし、本、作文、youtubeの動画も。
人が、イケメンや美女の顔を見て、性格が知りたいと思うように、文章のタイトルを見て、中身が知りたいと思うかどうか。
タイトルは、いわば文章のルックスなのだ。


インパクトのある内容をそのままタイトルにすることで、興味を引く。
大人気ブロガーで、僕も大好きなARuFaさんのブログはまさにこれだ。
【検証】食べにくいサンマでも『外科医』が手術道具を使えば綺麗に食えるのか?
天才である。こんな記事が気にならない人がこの世にいるだろうか。
また、youtubeでもやはりこのようなタイトルのつけ方が多い。
どんな内容か分からないと見てもらえないからだ。

一方で、本はあまり具体的な内容をタイトルにはしない。
映画や漫画もそうだ。
人があまり思いつかなそうな一行、気を引くような一行で勝負する。
具体的には
「ぼっこちゃん」 星新一
「人間失格」 太宰治
「やさしさグルグル」 行正り香
「よみがえる変態」 星野源
など、これだけでも珠玉のタイトルである。
どれも少し変わっていて、本の内容が気になる。

たった一行、されど一行。
この一行が、運命を左右することもしばしば。
あれ?とか変だな、とか。おかしいな、とか、なんだこれ、とか。
多くの人が二度見三度見するようなイケメンタイトルをつけたいものだ。

言葉という魔法

2020-07-03 22:32:13 | 日記
言葉とは不思議なものだ。
口で発した言葉は見えないのに、そこに確かに存在する。
謂れのない誹謗中傷や悪口に、深く傷ついてしまう。言われた言葉は消えてしまっても、その傷は決して消えない。

今の世の中では、言葉が、放り投げられるようになってしまっている。
言葉は、改めて考えると、扱いが難しいツールだ。
自分がふと思ったことを、何の気なしにすぐに自分の外に出すことができる。
その気軽さゆえに、あまり深く考えず口から出て、その結果人を傷つける原因になってしまう。
言ったほうは覚えていないが、言われたほうは覚えているものだ。


そして、自分の思ったことをその通りに他人に言葉で伝えるのは、ものすごく難しい。
自分の言いたかったことと相手の受け取ったことのニュアンスが違うたびに、言葉ってものすごく扱いが難しいな、と感じる。

けれど、言葉は時に魔法にもなる。
言葉をかけるだけで、相手を喜ばせたり、幸せにしたり。
自分の日常も、振り返ってみると、自分が発する言葉と自分の周りの言葉で成り立っている部分が多くある。
そう考えると、自分や周りの人が、嫌な言葉、汚い言葉ばかり使っていると、自分の性格まで嫌になってしまうし、逆に素敵な言葉、ハッピー言葉を多く使うように心がければ、おのずと幸せになるのかもしれない。


魔法も言葉もかけるものだ。
人を魔法にかけるように、人に言葉をかけて自分も相手も幸せになれたら嬉しい。
自分の言葉には魂が宿る。
自分を形作っている言葉に、今一度向き合ってみよう。


マキシマリスト

2020-07-02 22:16:00 | 日記
僕には、将来モノに囲まれて過ごすという夢がある。
自分の好きなものを、影響を受けたカルチャーを目一杯詰め込んだ、そんな家。
想像するだけでワクワクする自分がいる。


最近は、モノを持たないことが良しとされている風潮が若干ある気がする。
ミニマリスト、という言葉も流行っている。
確かに、モノが少ないと、何を着ようか迷うこともないし、掃除片付けも楽だろう。
引っ越しなんかは、顕著に差が出る。

それでも僕は、モノに囲まれたい。

所有欲というのだろうか。
よく、欲しいものは手に入れるまでが、一番幸せであって、いったん手に入れてしまうと幸せがなくなってしまう、と言われる。
恋愛も、付き合うまでが一番楽しかった、なんて言う。僕にはよく分からないが。

確かに、手に入れる前と手に入れた後では、確かに気持ちは違う。
しかし、お気に入りの服や本、映画や漫画は、何度見ても、何度読んでも幸せになる。
自分の近くに存在するだけで、幸せになれる。僕はそういう人間だ。
服に関して言えば、多くの種類がある中で、どれとどれを組み合わせたらかっこいいか、こんな組み合わせをしたら面白いんじゃないか、というのが一つの醍醐味だろう。


僕に影響を与えたもの。
AKIRA、ジョジョ、スラムダンク、RADWIMPS、あいみょん、浜田省吾、rina sawayama、電気グルーヴ、マキシマムザホルモン、city-pop、future-funk、レオン、リュックベッソン、ショーシャンクの空に、ファイトクラブ、ブルース・リー、COMME des GARCONS、JOHN LAWRENCE SULLIVAN、古着、バンT、伊坂幸太郎、etc…。
挙げたらキリがない。
そんなたくさんの大好きな物に囲まれて、生活できたら。
少し辛いことでも、モノが僕に乗り越える勇気を与えてくれそうだ。