聖書と共に

主の十字架

今日は、「ヨハネ福音書講義下」(バックストン)
から抜粋しご紹介します。

「十字架につけろ❗」群衆が、この様に救い主
を拒絶したので、救い主はこの世を退いて天国
へ帰られたのでしょうか。決してそうではあり
ません。神は、この謀反人に対して、更に深い
恵みをお示しになります。

人間は進んで神を拒絶しました。けれども、神
は罪人を捨てる事ができません。死に至るまで
罪人を耐え忍ばれました。命を捨てて、この
人のために贖罪の道を設けようとされました
ですから私達は、神に対する罪人の生まれつき
の、妬みと、憎しみと、謀反を見ます。
ここで、人間の最も深い憎しみと、神の最も
深い愛とが出合います。これによって、罪の
恐ろしさが分からないでしょうか。

人間は、むしろ神がないことを好みます。今で
人間の生まれつきの性質は、その様なものです
。過去を顧みるなら、私達の生まれつきの性質
も、ちょうど同じです。主を十字架に釘つけた
者は、ただ、ローマ兵士とユダヤの祭司だけで
はありません。実に、私達、一人一人でした。

 別の角度からこれを見ます。神は、悪魔の
企みを完全に滅ぼす事の出来る者を、この世に
お遣わすになりました。悪魔の国を滅ぼして、
悪魔の奴隷を解き放つ事の出来る者を、この世
に与えて下さいました。

けれども、人間は神に救われる事よりも、自分
の罪の中にいる事を願います。

「むち打ちにした」(ヨハネ19-1)については、
「我らは彼の打ち傷によって癒された」(イザヤ
53章)とあります。ヨハネ黙示録19-13では
「その方は血に染まった衣を着ていて、その
名は『神のことば』と呼ばれた」ローマの提督
ピラトが民の前に主を引き出した時に、主は、
同じ様に血に染まった衣を着て現れなさいまし
た。

未来において主は、同じ様に贖(あがな)いの衣
を着て人間の前に現れて下さいます。
「神が多くの子たちを栄光に導くのに、彼らの
救いの創始者を、多くの苦しみを通して、
まっとうされたという事は、万物の存在の目的
であり、原因でもある方として、ふさわしい事
であったのです」    (ヘブル2-10、5-8)

「私たちが、まだ弱かった時、キリストは定め
られた時に、不敬虔な者のために死んで下さい
ました。情け深い人の為には、進んで死ぬ人が
あるいは、いるでしょう。しかし私たちがまだ
罪人(反逆者)であった時、キリストが私達の為
に死んで下さった事により、神は私達に対する
ご自身の愛を明らかにしておられます。」
           (ローマ5-6~8)
今、主は、身体にも、心にも、魂にも苦痛を
負われました。身体はローマ兵のムチで打たれ
、十字架での釘に裂かれました。心は、ののし
られ、辱しめられました。魂の上には罪の重荷
があります。

身体の苦痛は激しいものです。
心の苦痛は、なお激しいものです。けれども
同時に、罪の重荷を負う魂の苦痛は、最も激し
かったのです。今、主は、私達の為に、それを
負って下さいます。

神は、それによって、その愛を現されました。
主は、私達の身代わりとなって死んで下さいま
した。
今、私達の為に、完全な贖いがあります。
今、私達は、神との完全な和解を得て、罪と、
地獄から救われました。ですから、神の御前に
感謝と賛美を捧げなければなりません。

「霊をお渡しになった。」原語では、心から進
んで霊をお渡しになった、という意味です。
人間の死について、こういう言葉を使う事が
出来ません。
  ************
新聖歌 107番「十字架の上にて」

1、十字架の上にて、成し遂げられし
  またなき救いの、御業を歌わん
 (折り返し)
    かかる罪深き者も救いて
    御子と成しませる 君ぞ尊き

2、死をもて命を 世人に賜う
  贖い主なる 君をば讃えん



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