鍼灸師「おおしたさん」のブログです

東京都港区南青山で開業20年 / 6月から広島に帰る予定です

先の港区選挙で考えたこと

2023年07月29日 | 考えていることとか思っていることとか
名前だって市議会議員を何年やっていても覚えられているかどうか。ましてや新人の名前だなんて、どれだけ連呼されようが、正直覚えるわけがない。だが「日本維新の会」は全国区で浸透し始めている。「唯一の改革政党、日本維新の会」これを使わない手はない。 

今年4月23日にあった港区議会議員選挙、投票率が37%だったので、20万人の有権者のうち7万5千人弱の人が投票したことになる。

私の港区居住歴は四半世紀、まだ大江戸線や南北線が開通していない時代からだ。その地で最初に住んだのは麻布十番の暗闇坂近く。今は無い十番温泉「越の湯」には子どもと一緒によく通った。多くの方が、この地域に安いアパートなんて存在しないと高を括っていたと思う。でもオンボロだけど安い物件はまだたくさん存在した。そこには1,2年住んでいただろうか、そのアパートが取り壊されるというので、二の橋から仙台坂下の間、青果店の前にあった2階建ての古いアパートに居を見つけ、3人目が生まれる前までそこに住んでいた。それから今のところに引っ越し20年強、それなりに港区の人との縁はできた。

長く住めば知り合いも増える。港区区議の知り合いも普通に連絡の取り合える人が3人、挨拶程度だが知っている区議が4人。私はこの7人全員に当選してもらいたいと思っているので、その時の状況を鑑み、最も得票数が少なくなりそうな人に入れるようにしている。

そんな私だから街に掲げられたポスター掲示板は知り合いの区議候補を探すだけに終わってしまう。それでも意外と時間を取るので、その他の人を掲示板で探すことはほとんどない。ただし元々知名度のある人や、今回は巷で話題になったA.I.ジョーのポスターとかは別だ。でもまあそんなものだ、候補選びというものは。

実際港区の現職落選は2名だけ。このブログにも書いたが、現職は無茶苦茶強く、注目される事案が無い限り新人が興味を持たれるのは甚だ難しい。しかし日本維新の会の風があの保守王国広島にも吹いたのだ。この風は客観的にみてまだ吹いているように感じている。だから新人で知名度がそこそこであれば、個人名を覚えてもらう事を一義とするのではなく、日本維新の会を全面に出した戦い方をするべきなのだろうと、改めて感じた次第だ。


ここに住む前は麻布十番という所に住んでいた。暗闇坂下の十番温泉の銭湯の方である「越の湯」は、家から歩いて1分くらいにあったので、子どもを連れてよく通った。まだ大江戸線と南北線が開通する前の、麻布界隈が陸の孤島と言われていた頃の話だ。



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