武弘・Takehiroの部屋

万物は流転する 日一日の命
人生は 欲して成らず 成りて欲せず(ゲーテ)

かぐや姫物語(5)

2024年05月06日 02時34分28秒 | 「かぐや姫物語」、「新・安珍と清姫」

 「な、なにをするのですか? はしたないことは止めてください!」 驚いた藤吉が叫びました。
「“はしたない”って何のこと? 藤吉殿、私はあなたを愛しているのです。それがなぜ悪いのですか?」
かぐや姫は今度は白い両手を回し、藤吉の首筋にからませました。姫の熱い吐息が顔にかかり、藤吉は緊張のあまり息も絶え絶えになりました。芳(かぐわ)しい香りが辺りに満ちてきます。 すると、かぐや姫は両手で彼の顔を強く挟み、バラ色の唇を彼の唇に押し当てました。
藤吉は気が動転して何もかも分からなくなりました。姫の唇が彼を飲み干そうとするかのように燃えます。藤吉は身も心もぐったりして、全てを姫に預けた感じになりました。不思議なことに、かぐや姫の“手足”が伸びて藤吉にからみつきます。まるで、大木の枝が伸びて何もかも締めつけるようです。
「や、やめて~! もう、死にそう・・・」 藤吉が悲鳴にも似た絶叫をあげました。彼は童貞なのでこういうことには慣れていませんが、かぐや姫はエネルギッシュな大友皇子(おおとものみこ)との体験があったのか、大胆な振る舞いを平気でします。それより、彼女は藤吉を愛していました。何よりも何よりも彼を可愛く思っていたのです。
かぐや姫は藤吉の体をなおも愛撫していましたが、彼がオルガスムに達して“事切れた”ため性行為を止めました。
「藤吉殿、今夜はこれで終わりますが、明日以降はもっと愛し合いましょう。八月十五日まであなたと私は一心同体なのです」
かぐや姫はこう言うとにっこり微笑みました。彼女は意気軒昂といった感じですが、藤吉の方はいろいろなショックが重なり、しばらく茫然として時を過ごしました。それにしても、あの最中にかぐや姫の手足、四肢が伸びてからみつくとは不思議でなりません。藤吉の疑念はふくらむばかりです。

 あくる日、藤吉が疲れ切って空(うつ)ろな表情をしているのを竹取の翁は見逃しませんでした。翁はかぐや姫と藤吉の間に何か“異変”が起きたことを察知しましたが、素知らぬふりをしていました。いや、むしろ好都合だと受け止めたのです。
それはかぐや姫が月に帰ると言い出したため、藤吉と特別な関係になることを期待したのでした。前にも言いましたが、竹取の翁は藤吉を“婿養子”で迎え入れることも考えていましたから、二人の関係が進展することは歓迎すべきことだったのです。かぐや姫が月に帰ることだけは、何としても阻止しなければなりません。竹取の翁としては、もう何もかもぎりぎりの状況になっていたのです。

 藤吉は暫くかぐや姫に寄り付かないよう注意していましたが、それはあの衝撃があまりにも大きかったためです。姫と自分の関係が、まさかあのようになるとは想像もしていませんでした。彼はかぐや姫を掛け替えのない大切な人だと思っていましたが、それはあくまでも、下男が女主人を思う気持以上のものではありませんでした。しかし、今やその気持は完全に変質したのです。
かぐや姫が藤吉を可愛く思うのと同じように、いやそれ以上かもしれませんが、彼は姫を愛し崇拝するようになりました。そして、あの日から数日がたちました。
下男の藤吉がいつまでも、主人のかぐや姫に寄り付かないでいるわけにはいきません。この前と同じように、下女の一人が姫の伝言を伝えに来ました。姫の塗籠(ぬりごめ)に来なさいということです。
藤吉が部屋に入ると、かぐや姫は上機嫌で彼を迎え入れました。そして、この前と同じように酒と食事が用意されていました。藤吉が酒を口に含むと、何か“媚薬”でも入っているのでしょうか・・・ 彼はすぐに酔いが回り前後不覚の状態になったのです。
「姫様、これは酷い。藤吉はもう意識が“もうろう”としてきました・・・」
「藤吉殿、今夜も覚悟してくださいよ」 かぐや姫の凜とした声が響きました。

 「酒に薬でも入っているのでは?」
藤吉(とうきち)が尋ねますが、かぐや姫は意味ありげな微笑を浮かべたまま、何も答えません。姫はいつものように両手を藤吉の首筋にからませ、熱い吐息をつきます。芳しい香りが辺り一面に広がり、彼はとろけるような恍惚感に浸りました。やがて、かぐや姫の唇が藤吉の唇を奪い、命をも飲み干すように燃え上がると、彼はその場にぐったりと横たわりました。
「藤吉殿、あなたはこの前、最後までしっかりといかないうちに事切れました。それでは駄目です。今日はどんなことがあっても、最後までやり抜かねばなりません。分かりましたね?」
藤吉はきちんと返事ができず、ただ首を縦に振るばかりです。それほど彼はされるがままの状態になっていました。かぐや姫は勢いよく藤吉の上にまたがってきました。まるで“野獣”のようです。
「男と女が交わるのを媾合う(まぐわう)と言うのですよ。覚えておきなさい」
かぐや姫はますます元気が出てきたようで、藤吉の上で体を動かし始めました。こうして、どのくらい時間がたったでしょうか。 10分、20分・・・ 今日は藤吉も必死になって頑張りますが、息も絶え絶えです。でも、逆に姫の方を抱き締めるほどになりました。
するとどうでしょうか。この前と同じように、かぐや姫の手足が伸びてきたではありませんか。藤吉は締め付けられるような感覚になり、うっとりとして媚薬に酔いしれた感じになりました。やがて姫の胴体も太く伸びてきて藤吉にからみつきます。
「む、む、む~~」 うめき声をあげた藤吉が目を見開くと、そこには信じられない光景が展開していたのです。白く輝く“大蛇”が彼を締め上げていました!
「姫、姫! これはなんとしたことか・・・」 藤吉は悲鳴をあげてかぐや姫を捜しますが、彼女の姿が見当たりません。姫は・・・ まさか白い大蛇に変身したのではないでしょう。藤吉はあらん限りの力を振り絞って、大蛇から逃れようとしました。恐怖とエクスタシーが交錯します・・・ 結局、大蛇から逃れられないまま藤吉は気を失いました。

 目が覚めると、藤吉はかぐや姫の膝の上に伏していました。姫が彼の髪を優しく撫でつけたりしています。藤吉はいまだに信じられません。たしかに、白く輝く大蛇が彼を締め上げていたのです。そして、かぐや姫の姿が見えなくなったということは、姫が大蛇に化(ば)けたとしか考えられません。あるいは、媚薬のせいで藤吉は“悪夢”でも見ていたのでしょうか・・・
「姫様、私はたしかに大蛇に締め付けられていたのです。嘘ではありません。それとも夢でも見ていたのでしょうか?」
「藤吉殿、私があなたの上にまたがったのです。これを“媾合う”と言いましたよ。ヘビなんてとんでもない! あなたはきっと悪夢を見たのでしょう。でも、もう大丈夫です。こうして、あなたは私の膝の上で休んでいるのですから。さあ、気をしっかり持って。元気を出しなさい」
かぐや姫はこう言うとにっこり微笑みました。藤吉は何もかも半信半疑でしたが、姫にそう言われると気を取り直すしかありません。それでも、かぐや姫の胴体が太く伸びて、彼の体を締め上げたことが忘れられません。そして大蛇。あれは夢か幻か・・・ 藤吉は狐(きつね)につままれた感じで、姫の塗籠(ぬりごめ)を後にしました。

八月も何日かたつと、竹取の翁が帝(みかど)に呼ばれ御所に参上しました。帝はその席で、おごそかに言い渡しました。
「竹取の翁よ、安心せよ。前にも言ったように、朝廷は2000人の兵士でかぐや姫を守ることにしている。姫は、どんなに兵士を動員しても“あの国”の人には敵(かな)わないと言ったそうだが、みな一騎当千の“つわもの”ばかりだ。かぐや姫を必ず守ってみせるから、安心せよ」
帝の力強い御言葉に、竹取の翁は感激して平伏しました。そうです。朝廷は八月十五日に2000人の大軍勢を動員し、何としてもかぐや姫の身を守ろうと決定したのです。そして、1000人の兵士を築地(ついじ)の上に、あとの1000人の兵士を屋根の上に配置する作戦計画まで立てたのでした。

 朝廷はさらに、勅使に近衛少将・高野大国(たかののおおくに)という人を任命し、万全の態勢を整えました。竹取の翁からこの話を聞いた藤吉(とうきち)は、八月上旬のある晩、かぐや姫に朝廷の防御態勢について詳しく説明しました。すると、かぐや姫は前にもまして嘲笑うかのように答えたのです。
「藤吉殿、私はこの前、2000人の兵士を動員しても“あの国”には敵わないし、全く無駄だと話しましたね。どうして、この国の人達はそれが分からないのでしょう。もうこれ以上、言っても無駄だということが分かりました。仕方のないことです。ホッホッホッホ」
かぐや姫はこのように言って笑いましたが、何もかも見通している感じでした。彼女はけっこう上機嫌でしたが、藤吉は姫が1週間後には月に帰ることを考えると、居ても立っても居られない気持になりました。
「姫様、もう一度お願いがあります。月に帰られるならば、私もぜひ連れて行ってください。姫様がいないこの世など、全然未練がありません。これが最後のお願いになります。私をぜひ月に連れて行ってください!」
藤吉は最後は涙声になって、かぐや姫に懇願しました。しかし、姫は冷静な落ち着いた声で次のように語ったのです。
「藤吉殿、前にも申しましたが、あなたは竹取の翁様ご夫妻の面倒を最後まで見て、全ての出来事を後世の人に伝えなければなりません。これはあなたと私の間で交わした神聖な“約束”です。どんなことがあっても、これだけは守ってください。分かりましたね」
かぐや姫の凜とした口調に、藤吉はもはや抗弁する気力を失いました。彼が黙りこくっていると、かぐや姫が止(とど)めを刺すように言い渡しました。
殉死や情死は簡単です。でも、この場合はそれは許されません」
かぐや姫の一声に、秘かに殉死と情死に思いを巡らせていた藤吉は、返す言葉がありませんでした。暫くして、その場の雰囲気を変えるかのように、かぐや姫が明るい声を出しました。
「あ、そうそう。あなたに見せたいものがあるのですよ」

 「何ですか、それは」 
藤吉が気を取り直すかのように尋ねました。すると、かぐや姫は笑みをたたえ、返事をすることなく奥の小部屋に入っていったのです。暫くすると、彼女は両手に織物をかかえ戻ってきました。
「藤吉殿、これは“羽衣”と言って、この1ヶ月ほどで私がひそかに織ったものです。お爺様もお婆様も知りません。この羽衣(はごろも)を着ると、どんな人も憂いや悩みごとが消えてしまいます。
八月十五日の晩、私はこの羽衣を着て天に昇っていくのです。ただし、これは秘密ですよ。藤吉殿、あなたにだけ秘密事を明かすのです」
かぐや姫はこう言うと、その織物を広げました。爽やかな香りが辺りに広がると、白と水色の縞模様の鮮やかな“羽衣”が現れたのです。藤吉は目を見張り息を呑みました。言葉が出ません。すると、かぐや姫が微笑みながら言いました。
「今夜はこのくらいにして、もう引き取ってください。あなたに羽衣を見てもらったので、何も言い残すことはありません。藤吉殿、ご苦労さまでした」
かぐや姫がこう言うので、藤吉は塗籠(ぬりごめ)を下がりました。そして翌日、姫は竹取の翁と嫗(おうな)を前にして、改まった口調で次のように述べたのです。
「お爺様、お婆様。長いあいだ本当にお世話になりました。なんと御礼を申してよいのか言葉も見つかりません。私は十五日の夜 月の都に帰らなければなりませんが、間もなくお別れするのが残念でなりません。どうぞ末永く、お達者でいられますようお祈りいたします。長いあいだ本当にありがとうございました」
かぐや姫が丁寧にお礼の言葉を述べると、竹取の翁がそれを制止するように言葉を返しました。
「姫よ、安心しなさい。十五日には2000人の兵士が手分けをして姫を守ることになっている。わしも戸口に立って守るし、嫗も姫のすぐ側にいることになっている。ほかに使用人達も待機させるから、あの国の者が来ても簡単に追い返すことができるのだ。なんの心配もいらないぞ」

翁の言葉に対しかぐや姫は黙っていましたが、これは藤吉への対応と明らかに違うものでした。藤吉には2000人の兵士を動員しても全く無駄だと述べましたが、竹取の翁夫妻にはもう余計な心配をかけたくないと思ったのでしょう。最後の親孝行のつもりで、かぐや姫は翁夫妻に優しく接したのでした。親子水入らずの席は、和気あいあいのうちに終わったのです。
それから暫くして、かぐや姫は帝(みかど)に長い手紙を書きました。帝とはこの3年ぐらい和歌のやり取りをしていましたが、かぐや姫は心をこめて文を認(したた)めたのです。ところが、この手紙は帝の所へすぐに届けられず、開封は八月十五日夜以降ということで使いの者に手渡されました。したがって、手紙の中身は不明のまま十五日を迎えることになったのです。
一方、藤吉はかぐや姫から見せてもらった“羽衣”が気になって仕方がありませんでした。あの羽衣を着て姫は天に昇る。あれを着ると、どんな人も憂いや悩みごとが消えてしまう・・・ それならいっそのこと、羽衣を盗み出してどこかへ隠せば、かぐや姫はもう月に帰ることはできない。盗み出すのは簡単ではないか・・・などと考え、迷っていました。しかし、そんな悩み事はかぐや姫によって簡単に見抜かれていたのです。
十五日の前の晩、藤吉はいよいよ今夜が最後だと思いながら、かぐや姫の塗籠に入りました。羽衣を盗み出すなら今夜しかないなどと考えながら、藤吉は素知らぬ振りをして姫の相手をしていました。
媚薬が入っているかもしれない酒を口に含むと、藤吉はいつものように酔いが回ってきました。初めの頃のように前後不覚になることはありませんが、それでもかなりの酩酊状態です。その時、かぐや姫が彼をにらみ付けるようにして口を開きました。
「藤吉殿、あなたは羽衣を盗もうと考えているようですが、そうはいきませんよ。奥の小部屋には誰も開けられない鍵をかけました。それに、今夜は最後の晩ですから、私はずっと起きていようと思います。あなたと“昔話”をしても良いですね。ホッホッホッホ」
かぐや姫に図星を指されて、藤吉は返す言葉がありませんでした。

 すると、かぐや姫がさらに話を続けます。
「今夜が最後の晩なら、今生の別れに務めを果たしましょう。藤吉殿、宜しいですか?」
藤吉にもちろん異存があるわけではありません。彼が覚悟を決めると、かぐや姫が覆いかぶさってきました。これまでにも増して、芳(かぐわ)しい香りが辺りに満ちてきます。真夏だというのに、かぐや姫は幾重にも重ねた着物を脱ぎました。“雪女”の化身かと思われる真っ白に輝く肌が現われました。藤吉は陶然として身を姫に預けます。
どのくらい時間がたったでしょうか・・・ 以前は“大蛇”に締めつけられ気を失った藤吉ですが、今夜は締められる気配はありません。陶酔と恍惚の一瞬がきました。オルガスムスに達して藤吉は満足感に浸ったのです。
暫くして、なぜか息苦しくなった彼は周りに目をやりました。暖かい翼(つばさ)のようなものが藤吉の顔を覆っています。もしや翼ではないか? そう思い楽に息をしようと顔を上げると、藤吉がそこに見たのは一羽の大きな美しいでした。彼はわれを忘れてその鶴に見とれました。
「かぐや姫がまた変身したのか。鶴よ、正体を現わせ!」
藤吉はそう叫ぶと鶴に抱きつこうとしましたが、なぜかそれ以上に身動きが取れなくなったのです。足掻(あが)けばあがくほど身体の自由が利きません。金縛りに遭ったようになり、やがて藤吉は気を失いました。


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