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BBC TVドラマ 「ナイトマネージャー」 女性監督による主婦向けスパイ映画のすごさ

2018-04-23 23:44:34 | 映画批評

BBC TVドラマ 「ナイトマネージャー」 女性監督による主婦向けスパイ映画のすごさ   ★★★★☆ 星4つ

 

わたしは、日本のドラマはほとんど見ない。海外の優れた作品をふだん見ていると、日本のドラマはあまりにも幼稚で完成度が低く、見るに堪えないことが通例だからである。社会派的な問題意識に乏しく、ドラマの展開にグローバルな広がりがなく、そもそも低予算のその場限りの消耗品が多い。

もちろん海外の作品がすべて素晴らしいというわけではない。くだらない、低次元なドラマはどこの国でも大きな需要があり、無数に生産されている。しかし、ドイツのTVドラマ、イギリスのTVドラマ、スウェーデンのTVドラマ、アメリカのTVドラマなどの中には非常に水準の高い作品をごくたまに見つけることがある。

しかし、日本ではまず無理である。良質の映画、TVドラマを作るために大きな予算をかけるつもりなど元からない。低俗なお笑い番組に毛の生えた程度のもので視聴者も喜んでいるのだから、仕方がない。

ちなみにこのBBCの「ナイトマネージャー」の製作費は日本円で34億円と言われている。

今回ご紹介する 「ナイトマネージャー」 はスパイものに入るだろう。何しろスパイ小説の大御所、ジョン・ル・カレの作品のTVドラマ化である。

しかし、この作品は日本では amazon プライムによるオンライン独占配信であり、観ることができるのは一部のひとたちに限定されてしまうので、このブログで紹介するのには多少ためらいがあった。

amazon という私企業はいろいろな意味で恐ろしい企業だとわたしは常々思っている。グローバリゼーションの権化のようなモンスターである。しかしわたしが今回紹介しようとしているのは amazon ではなく、BBCのTVドラマである。こういった優れた作品が世の中に存在していることを知らせることは意味のあることだと思う。

 

「ナイトマネージャー」 の魅力

 

現代の時代背景が反映されている

ジョン・ル・カレの 『ナイト・マネジャー』 は1993年に発表された小説であるが、本ドラマは時代設定が21世紀へと置きかえられている。

第1話は ”アラブの春” 真っただ中の2011年、トム・ヒドルストン演じるカイロホテルのナイトマネージャー “ジョナサン・パイン” が不思議な引力に引っ張られスパイになってゆく模様が描かれている。

原作の20世紀のストーリーを、21世紀の時代背景にうまく移し替えることによって、視聴者がシームレスにドラマの世界に入り込めるように作られている。スマホを使ってメール、電話、画像撮影、画像送信をするのが日常茶飯事の世界で繰り広げられるドラマである。

 

 

 ドラマシリーズ 『ナイト・マネジャー』 はイギリスの視聴者から高い評価を獲得した作品であるが、原作者ジョン・ル・カレをして以下のように言わせたドラマである。

「私は原作者というより1人のドラマ視聴者となっていました。本作は私が生み出した小説の映像化というより独立した作品なのです。それこそ私が望んでいたことでした。」
 

 

 ドラマの中で原作者であるジョン・ル・カレが “カメオ出演” しているレストランのシーン

 

 “カメオ出演” : 俳優ではない有名人のご愛敬のチョイ役のこと

 

 

 

 

ホテルのナイト・マネジャー(夜間支配人)で元イギリス軍兵士であるジョナサン・パイン (トム・ヒドルストン)は英国諜報機関のスパイとなり、武器密売組織に潜入して違法な武器取引を暴こうとする。この武器商人がなかなか尻尾を出さないので、証拠を掴むために深入りしていく主人公の潜入工作は危険を極める。

武器商人の愛人を味方につけていく過程も薄氷を踏むような危うさがある。

 

 

 

主人公を演ずる俳優の逆説的魅力

 

このドラマの主人公の控えめで目立たないキャラクターを俳優トム・ヒドルストンが見事に演じている。

 この俳優 トム・ヒドルストンは、線が細く、弱々しいイメージがありながら信念を持って行動する強さを秘めている役柄に適役なのである。

しかし、どうも実際はこの俳優のキャラクターに基づいて主人公のイメージが作られている印象すらある。この俳優は目下イギリスで非常に人気のある俳優で、もちろん女性ファンが多い。

007シリーズの現在のジェームス・ボンドはダニエル・クレイグが演じているが、すでに5年経つ。次期候補としてこのトム・ヒドルストンの名前が挙がっているそうだ。

 、

ダニエル・クレイグ と比べて、逞しさも、攻撃性も感じられないが、わたしにはそれこそが新しいヒーロー像のイメージに合致するように思える。

華奢に見えて強靭で、温和に見えて鋭く、感受性が豊かで女性の気持ちを理解するように見えて、とんでもない行動に走るという逆説的キャラクターである。

この新しいヒーロー像の登場は、現代の欧米の女性たちにとっての理想の男性のイメージを反映しているのかもしれない。男らしさだけを売りにしている俳優はますます脇役になっていくに違いない。

 

 

ストーリー の豊かさと拡がりの大きさ

 世界をまたにかける武器密売組織への潜入捜査であるために、舞台は世界各地に飛ぶ。エジプト、スイス、イギリス、スペイン、トルコ、シリア国境 と視聴者を飽きさせない。そして、元は高級ホテルの一従業員に過ぎなかった地味な男が武器密売の国際的大悪党を追い詰めるまでの過程が緻密なストーリー構成と、原作の時代からスマホの時代への見事な翻案によって実にリアルに展開するのだ。

無名の平凡な一人の男が、国際的な武器密売組織のボスを追い詰める話であるが、その過程でさまざまな女性が窮地の彼に力を貸すエピソードが多くの女性ファンをワクワクさせるに違いない。

主人公をかばった一人の女性は最後まで口を割らず、惨殺されてしまう。数年後に別の女性も拷問を受けるが、主人公をかばい続ける。彼女たちの動機は 主人公への パーソナルな “異性愛” と 大量殺戮兵器の使用から世界の人々を救うという グローバルな “人類愛” なのである。 

 

実はこのTVドラマの監督自身が スザンヌ・ベアというデンマークの女性である。TVドラマ=退屈な主婦 というツボを心得ているようである。

この主人公を潜入工作員として教育して送り込む諜報機関の上司は、原作ではふつうに男性である。しかし、この女性監督はこのドラマの製作にあたり大ナタを振るって上司役に女性を起用している。しかもこの女性上司は妊娠していてお腹が大きいという設定である。シリーズの最初から最後まで大きいお腹で動き回っている。これには深い意味がある。

この女性上司は諜報機関にいながら、かつてイラク戦争の時に毒ガス兵器の使用を止められずに多くの罪もない子供たちを犠牲にしてしまったという苦い経験があるという設定にしてある。

そして今彼女は今度こそ同じ悲劇が地球上で起こらないように武器密売を止めるために、お腹に新しい命を宿しながら奔走しているという設定なのである。 もちろんこれは原作にはないエピソードである。女性監督ならではの計算ずくの創作と言えよう。

 

 

 スパイドラマを家庭の主婦レベルに大衆化したこの女性監督の功績は大いに称えられていいかもしれない。わたしはスパイ映画やTVドラマは数多く見ているが、とにかくこのTVドラマ 「ナイトマネージャー」 は女性に大いに楽しめるように作られていると言っていいだろう。これほどの知的でスリリングでスタイリッシュなスパイドラマは女性監督の手によってこそ可能だったのかもしれない。

 

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