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「戦場心理ノ研究 総論」-その6 「第六章 勝利者ノ心理」

 戦争における勝利者と敗者とはどのような者であろうか。早尾は「余ハ生来初メテ出征ヲシテ勝利者ト敗北者トノ心理ヲ知ルコトガ出来ヨキ戒ヲ得タト思フ。勝利者ノ権利ハ無制限ナルニ敗北者ハ生命ヲモ保証サレナイ。彼等ハ一個ノ人間トシテノ存在スラ疑ハルヽ地位ニ置カレテ了フ。」(57頁)として、今回の「支那事変」での日本兵と中国人との状況を書いている。

 
 この勝利者としての日本兵であるが、彼等は「母国民ヨリ歓迎セラルヽ光景ヲ夢見ツヽ凱旋ノ日ヲ待チ焦レタ」(58頁)が、実際には違っていた。
 
「慰安会、慰安所、飲食店、加給品ノ増加等ガ彼等ヲ待ツノミダツタ。彼等ノ対手トナル者ハ勝利者ノ歓待ニハ余リニ下品デアリ亦物珍ラシクナカツタ。此ノ何レニモ酒ハ付キ物ダツタ。彼等ハ女ヲ自由ニスルコトガ出来タ。
種々ナル方法ニヨリ得タ金ガ豊富ニアツタ。上海見物ヲ奨励サレタ。勝利者ノ行ク処悉ク歓待ナス者ハ売笑婦ノミデアツタ。彼等ヲ堕セシムルハ当然デアル。上海ニハ勿論同邦人ハ居ツテ店ヲ開イタガ彼等ハ自己ノ損失ヲ将兵ノ落ス金ニヨリ恢復センコトニ汲々タル有様デ殆ンド食料品店ガ主ダツタ。上海居留民ノ知識階級ニヨル勝利者歓待ヲナサントスルモ其ノ人ナク亦其ノ力ガナイ。只淫売窟ノ跋扈ニ任スノミノ状態デアツタ。」(58頁)
 
 このような日本人兵士の有り様を見て上海の日本人居留民は怖れ、そして避けた。
 
「将兵ハ上海居留民ガ冷眼視スルト不平ヲ言ツタ。上海居留民ハ皇軍将兵ノ乱暴ナルト素行ノ悪イノニハ意外ダツタト言フテル。然シ居留民中ニモ初メハ危険ヲ冒シテ皇軍将兵ノタメニ活躍シ食料ヲ心配シ宿舎ヲ世話シタ者モ少クナカツタ。ソシテ居留民ハ皇軍ハ支那兵ノ様ニ掠奪、強奪、強姦ハ決シテヤラヌ。日本国民ハソンナ者デナイト上海ノ外人支那人ヘ威張ツタモノダツタ。然ルニ戦ニハ世界無比強カツタガ勝利者トシテノ行為ハ全然反対デアツタ。是ガ皇軍ニ対スル信用ヲ失ツタ。彼等ハ上海ヘ来テ迄邦人ニ対シテ不良行為ヲ敢テシタカラ益々恐レ近ヅカナカツタ。将兵側カラハ誰ノ御陰デ御前達ハ安全ニ居ラルヽノカ。俺達ガ勝ツタカラデハナイカ。事変ノタメニ財産ノ損害ヲ受ケタツテ国家ノコトヲ考ヘタラ何デモナイヂヤナイカ。何故ニ勝利者ノ前ニ跪カヌカト言フ。是ヲセヌカラ暴レテヤルノダト言フ。」(59頁)という態度を日本人兵士はとった。
 
 上海という欧米列強諸国の租界地がある中での日本人兵士によるこのような振る舞いは日本人居留民も中国人も欧米人もみな嫌悪した。
 
 勝利者として傍若無人の振る舞いを見せる日本人兵士であったが、徐州攻撃が始まると勇んで戦争に参加していった。戦争での勇ましさ、戦争の中での掠奪行為・強姦、そして兵站での堕落振りという日本軍のことを早尾は「悪ク言ヘバ海賊的性質ヲ持ツ」(60頁)と表現している。
 
 しかしこの「海賊的性質」も中国人相手だからであり、もし欧米人相手だったら違っていただろうと早尾は推測している。では、日本人にとっての中国人と欧米人との違いはどこにあるか。早尾はそれを「優越感」と「劣等感」と指摘している。
 
「皇軍将兵ハ勝利者ノ懐ク優越感ガ益々向上ナスト共ニ甚シク劣等視シタル支那良民ニ迄悪シミガ加ハリ種々ナル形ニ於テ彼等ヲ辱シメタノト思ハレル。」(61頁)
 
 日中全面戦争当初における日本軍の軍紀・風紀の乱れの原因はどこにあったのか。それを早尾は次のように結論づけている。
 
 「然シ上海、南京ノ戦功成リテ後ニ来ツタ休養期間ハ余リニ長過ギテ勝利ノ興奮ハ既ニサメ次デ来リシモノハ精神ノ弛緩デアリ懐郷心デアツタ。各部隊ハ切リニ規則的ノ訓練ハヤツテ居タコトハ何レノ兵ニ問フモ確実デアルガソレデモ余リニ暇ガアリ過ギタノデ惰性的ニ軍規ノ弛緩ヲ来シ素人が見テモ兵隊ハ善ク酒ヲ飲ンデハ騒グモノダト思フ位ニ酒ノ支給ガ余リニ多過ギタ。亦上海ヘ遊ビニ出ルノガ多スギタ。飲メバ必ズ勝利者同士ノ戦功ニ花ガ咲キ「俺ガ」イフ気持ガ露骨ニナリ傍若無人ニナツタノデアル。」(61-62頁)
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