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福島県 郡山市まで  3

2011年03月23日 | 地震・原発関連

昨日は代理店の水戸営業所から電話がかかってきました

 

直接は話をしませんでしたが 日立の方ももかなりひどく大手の工場もありますが復旧の目処がたっていないらしい

 

 

 

さて、福島の白河から須賀川に入ったころには

 

あちこちに点在していた瓦の落ちた民家の屋根もほぼ全部の家が被害にあっている

 

やはり瓦は重いのでしょうね

 

地面が揺れる事は計算にはいっていないものな

 

スレートの屋根は目視では被害は見えませんでした

 

4号線の道路はセンターラインで地割れしているところや

 

あちこち応急処置をした跡があり 墓地は根こそぎ倒れている

 

昔からある墓地は地盤のいいところに立ているはずなんですがまさに将棋倒しの状態

 

屋根がブルーシートで覆われたたくさんの住宅を横目に見ながら郡山へと向かいます

 

市街地に着くと24時間営業のすき屋や吉野家が閉店したまま  入口には張り紙がしてある

 

早朝とはいえ 閑散とした町の中心部

 

通り沿いの車のディーラーはショーウインドーが粉々に砕けて無残な姿をさらしている

 

福島県にはいるまでは上司と冗談をいいあっていたのに二人とも出てくるのはため息ばかり

 

震災地から離れているのでこれほどまでとは思っていなかったのですが・・・。

 

目的地は郡山駅のすぐ近く  AM7:00に到着

 

会社へ入る路地のアスファルトもところどころひび割れていましたが工場や事務所は外観からは被害は確認できませんでした

 

目的の部品素材をトラックに積み込み事務所で持ってきた弁当を食べさせてもらいました

 

先方の社長が一緒に朝ご飯を食べに行こうと思っていたのだがこんな状態なのでどこもやってないんだよとの事

 

今見てきた、状況から考えても別段おかしい事ではないと感じました

 

見た目はビルも立ち並び私の住んでいるところよりも立派な街なのに機能を停止してしまっている

 

地震が起きた時、社長は地球が割れるんではないか もう世界も終わりだと感じたそうです

 

関東でもかなりの揺れ(私も生まれて初めての経験だった)でしたがここまでの表現には至りません

 

あちこちで停電や断水が起きたが、幸い会社は水は止まらなかったそうで

 

ポリタンもないのでコメの袋を買ってきて近所に水を配ったとのこと

 

自宅の方はキッチン周りが凄い状態になっているのと部屋の中も、倒れ放題だが余震がひどいのでそのままにしてある

 

地震後、怖くて三日間は作業着のまま寝ていた

 

会社の被害は、鋳物に使う木型が床に落ちて壊れたが幸い社員に被害はなかったとのこと

 

ただ、仕事を再開しようにも燃料がないので困った

 

緊急でドラム缶40本を新潟経由で届けてもらったのでなんとかはじめられる(届けたのは私の業界のライバルメーカー・・・といっても全然格が違いますが。うちにはそんな力はありません。せいぜいここまで引き取りに来る程度)

 

話の最中にも余震が何度があったのですが、私と上司が『おおっ!』思わず声をあげてしまっても

 

社長さんは全く動じず 『もうなれてしまったよ』『震度5位じゃもう女房も起こさないよ』(奥さん震度5で熟睡している)と笑ってました

 

燃料の問題はかなり深刻の様で、郡山市街のなかでもスタンドにかなりの行列ができていました

 

ガソリンや石油、が本当に不足しています

 

津波の被災地ばかりがクローズアップされていますが、

 

前期の日立もそうですがあまり報道されていないところでも被害は甚大です

 

4号線の脇しか見れていませんが、奥へ入るとかなりひどいようです 白河もかなり被害をうけているらしいし

 

(白河にある協力会社も未だに復旧できずにいます)

 

ゆくゆくは明らかになっていくのでしょうが、センセーショナルな映像ばかりが目につきます

 

地味な映像じゃダメなんでしょうかね?

 

 

私が思うに、早くテコ入れすれば復興する地域もたくさんあるのではないでしょうかね

 

このままだと倒産してしまうような会社がたくさんあるのではないでしょうか

 

行政が早く手を差し伸べ産業の息を吹き返してもらうことが全体の復興への近道の様な気がします

 

昨日から続々とタンカーが港へついているようですが必要としている人たちのもとへ届く事を願っています

 

福島県がんばれ!!

 

P.S.

帰りの車から見えたのですが 大人ひとり十分のみこめるくらいの大きな地割れがいくつも道路わきにありました

 

映画に出てくる地割れよりも凄かったです

 

P.S.のP.S.

 

東北道 宇都宮インターからのり大谷SAでお昼をかねて休憩をとったのですが

 

一般の人はほとんどいませんでした

 

これから帰るのでしょうか

 

水俣の消防署の人や(八代のロゴの入ったマイクロバスに乗っていた)工事関係の人たちがたくさんいました

 

作業着姿の男性に声をかけたのですが、工務店の方で福島ではなく栃木や茨城へ行くとの事

 

(被災した両親を探しに行ったとの事。空港の近くで、道路で津波がせき止められて奇跡的に助かったそうです。全く、連絡がつかず、直接確認しに行ったとの事)

 

こちらのほうも、海に面していなくても内陸の方で地震の被害は甚大だそうです

 

地盤が悪いところは、集中して屋根が壊れているそうです

 

瓦はあるけど粘土ががな~と言っていました

 

つゆは越すだろうとも

 

 

今回は写メはありません

 

とてもじゃありませんが撮れませんでした

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