何て悲しい捨て台詞なんだろう。
こんなことを親に言われたら、
事ある毎に
“どうせ自分なんて”と
思ってしまうに決まってる。
でも、Twitterのツイートを巡っていると、
結構居るんだよ。
言ったとか、言われたとか。
昔も、大なり小なりそういうことは
あったのかも知れないけど、
圧倒的に多いのは今だろう。
今こそ、教育勅語の復活を願ってしまう。
私はというと、物心ついたころから、
『KT、あんたは、お母さんが
欲しくて欲しくて、心から欲しくて
生まれた子なんやで。』とか、
『お父さんに、もし最後に女の子が
産まれたら、何でも言うこと聞くって
言うたんやで。…聞いてへんけどな😆』
などと聞かされて育った。
そう言われて育ったためか、
自暴自棄になりかけても、
“あぁ。私は母が心底欲しくて生まれたんだ。
こんなことでめげていてはダメだ”などと
前向きに乗り越えられてきた。
私の母は、彼女が小学5年のときに
両親を同時期に病気で亡くした。
まだ親が恋しい時期に、二人とも
亡くす悲しみは計り知れない。
母は、毎日両親の墓前で
「おばけでもいいから出てきて」と
泣いたそうだ。
そんな心細い時期を過ごした母が、
成長して父と出会い、
私を望んで望んで命懸けで産んだと思うと、
そりゃ無茶なことは出来ない。
ケンカもよくしたが、心配させようとか
憎らしいなんて思わなかった。
もちろん、親をクソババァ!とか
オマエ呼ばわりなんてしなかった。
私は、態度が悪いとバシコーン!と
引っ叩かれるのが当然の時代に育った。
例えばアホなんて言おうものなら、
「親に向かって何言うてんねん!」と
バシコーン!とやられたモンだよ。
残念ながら…と言うべきか、
私には子供がいない。なので、
自分の子供の可愛さが分からない。
…ところがどっこい!
うさぎを飼って、母が言っていた
『ほしくてほしくて生まれた子』の
意味が分かったのだ!
あぁ〜もう、ほんとに、
心から望んで望んで、うちの子に
なってくれた子達。
モモヒキランドの福助こと、ミロろん。
タイツランドのグンゼ王子こと、シロちゃん。
あ〜あ〜、もう可愛くて仕方ない。
鋭い歯でシャキーン!と指先を切られても、
スナッフルによる鼻水が顔面に飛んだきても、
あぁ…この子達が生きてる証だ!
と言う風に思える。
介護をさせてくれたマロンも、
保護うさぎがこんなに可愛いのだと
教えてくれたオレオも、
みんなみんな私がほしくてほしくて飼った子。
こんなにこの子達を慈しめるのも、
私を望んで産んだと言ってくれた
母のおかげなのかもしれない。
ではでは、またね!