我が人生は小説のごとくなり。

残りの人生で一冊の小説と再会した時、それは残りの命を見守る、そして、安らか死を迎えるだろう。

のっぺらぼう

2013-02-20 01:00:00 | 私が作家
この記事は、関係各位・メンバー・スタフ・サポーター・カメラマン・メイクスタフ・作家・脚本等の好意と趣味で作成しています。


のっぺらぼう

 東京の港区赤坂と千代田区の境にある紀ノ国坂は、江戸時代に紀州候の藩邸があったところから、その名がついた。御所の高い長塀と昔からの大きな堀が続く、物寂しい坂だったそうである。昼間でさえ人通りはなく、夜ともなればなおさらのこと、どんなに回り道をしたとしても人々は紀ノ国坂を避けたという。紀ノ国坂には「むじな」が出るといううわさがあったからである。
 ある日の晩、紀ノ国坂を上って帰りを急ぐ老商人がいた。「むじな」が出るといううわさを聞いてはいたが、何かの急ぎの用とやらで、老商人は仕方なく紀ノ国坂を上っていくことにしたのである。
 老商人が早足で歩いていると、どこからともなく泣き声が聞こえてきた。辺りを見渡すと、堀の方を向いてしゃがんでいる女の姿を見つけた。老商人は持っていたちょうちんを女に向けた。身なりはしっかりしていて、髪なども良家の娘のようにきちんと結ってあった。はて、うら寂しいところで何をしているのだろうかと心配して、
 「もし、娘さん。一体、こんな夜分にどうなさったのかね」
 と、声をかけた。しかし、老商人の気づかいの言葉を意に介すでもなく、女は相変わらず泣き続けていた。老商人はもう一度、
 「どうなさったのかね、娘さん」
 と、声をかけてみたが駄目だった。老商人は途方に暮れてしまった。どうしようかと迷った揚げ句、
 「娘さん、もう泣くのはおよしなさい。後生だから、私に何か助けられることがあったら話してご覧なさい」
 と、優しい口調で諭してみた。
 すると、女は立ち上がって老商人の方に向き直ると、今まで顔を覆っていた着物の袖をどけて、面をつるりとなで上げた。
 老商人は耳をつんざくような悲鳴を上げた。女の顔は目も鼻も口もない、のっぺらぼうだったのだ。老商人は持っていたちょうちんを投げ出して、無我夢中で紀ノ国坂を駆け上がった。後ろを振り返る勇気なぞ、とても出なかった。
 しばらくひた走っていると、前方にそば屋の屋台の明かりが見えてきた。老商人はちょっとだけ安心した。
 「大変だ」
 老商人はわめき立てながら、そば屋の主人の着物を引っ張った。そば屋はやれやれという感じで、
 「どうなさったんですか。まるで追い剥ぎにでもあったような顔をしているじゃないですか」
 と、言った。
 「いや主人、そうではないんだ。それがその、何だ」
 老商人は息が上がっていたために言葉をうまく紡げなかった。すると、そば屋は突然、薄気味悪い笑い声を上げながら、
 「分かりました。多分、こんなやつに出くわしたんじゃないですか」
 と、顔をつるりとなで上げて、ゆで卵のようなのっぺらぼうに変身した。
 老商人は絶叫して気を失ってしまった。その途端、明かりが消えた。

まあこんなお話です。今から三百年も昔の事です。現代はどうやら違うのっぺらぼうがいるようですね。
え!私ですか、誰だか知らないほうがよござんすよ。
長く生きていますからね。江戸からね・・・・。


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