今回は三浦半島の油壷の紹介です。
油壷を一周するハイキングコースの紹介です。
荒井浜海水浴場にあった案内板。
(油壷マリンパークには行ってませんのでその内容はありません。)
油壷バス停から、油壷マリンパーク方面に向かって車道を歩きます。
100メートルほど歩くと、左手に大きな看板が見えます。
荒井浜海水浴場とその周辺の民宿の看板です。
その看板と門柱のような石の間の、舗装された細い道に入って行きます。
看板の裏手に、東大の理学部付属臨海実験所の門があります。
そちらには進まずに、細い道を進みます。
すぐに左手の樹の間から海が見えてきます。
木々の茂った道を進みます。
右手に東大地震研究所油壷地殻変動観測所の門が現れます。
油壷一帯は、北条早雲と戦った三浦道寸の居城、新井城の跡で、
空堀と思われるものも残っていました。
新井城は天然の要害で、小網代湾を油壷湾に挟まれ、切り立った断崖のため
北条早雲の大群相手に3年も戦ったそうです。
油壷の名前の由来は、三浦道寸父子や三浦軍が奮闘したものの全滅し、
湾一面が血汐で染まり、油を流したようになったことによるそうです。
その油壷湾が木の間から見えます。
左手の樹々が切れ明るくなったところに、「かながわの景勝50選」の石碑があります。
周囲の様子。
油壷湾の様子がわかります。
ヨットハーバーも見えます。
この先少し進むと、右手に、荒井浜海水浴場へと降りていく階段が現れます。
降りた先が荒井浜海水浴場です。
荒井浜海水浴場から岩場を歩いて、胴網海水浴場、横堀海水浴場へ行った様子は
次回紹介します。
油壷を一周するハイキングコースの紹介です。
荒井浜海水浴場にあった案内板。
(油壷マリンパークには行ってませんのでその内容はありません。)
油壷バス停から、油壷マリンパーク方面に向かって車道を歩きます。
100メートルほど歩くと、左手に大きな看板が見えます。
荒井浜海水浴場とその周辺の民宿の看板です。
その看板と門柱のような石の間の、舗装された細い道に入って行きます。
看板の裏手に、東大の理学部付属臨海実験所の門があります。
そちらには進まずに、細い道を進みます。
すぐに左手の樹の間から海が見えてきます。
木々の茂った道を進みます。
右手に東大地震研究所油壷地殻変動観測所の門が現れます。
油壷一帯は、北条早雲と戦った三浦道寸の居城、新井城の跡で、
空堀と思われるものも残っていました。
新井城は天然の要害で、小網代湾を油壷湾に挟まれ、切り立った断崖のため
北条早雲の大群相手に3年も戦ったそうです。
油壷の名前の由来は、三浦道寸父子や三浦軍が奮闘したものの全滅し、
湾一面が血汐で染まり、油を流したようになったことによるそうです。
その油壷湾が木の間から見えます。
左手の樹々が切れ明るくなったところに、「かながわの景勝50選」の石碑があります。
周囲の様子。
油壷湾の様子がわかります。
ヨットハーバーも見えます。
この先少し進むと、右手に、荒井浜海水浴場へと降りていく階段が現れます。
降りた先が荒井浜海水浴場です。
荒井浜海水浴場から岩場を歩いて、胴網海水浴場、横堀海水浴場へ行った様子は
次回紹介します。