美意識を磨く 文田聖二の『アート思考』

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闘いではなく共生

2020年04月24日 08時47分47秒 | 日記
闘いではなく共生



新型ウィルスの発生は、自然環境の激変とも考えられます。

日本人は自然と「共生」してきた民族

西洋のように自然までも支配するといった考え方ではなく、

人も自然の一部として受け入れる文化をもっています。




芸術を愛するフランス人の働くこと、トラバーユ【travail:仏】は痛み、労苦、苦悩を意味します。

フランス人の社会人類学者クロード・レヴィ=ストロースは日本人の仕事に対する考え方、特に地方の民芸、職人の創造性のある仕事に興味を持ち

日本の仕事をtravailと訳せないと語っていました。




日々、暮らしていけることが、どれだけ幸せなことかを気づくために芸術があります。意思、意図、意識、意味を見いだせる芸術。生き続けている意が様々なものたちを救ってきました。創造性は芸術世界だけではなく、繰り返される実生活の中でこそ効用を発揮すると考えています。




世界の中で、日本人は絵が上手い民族。

日本文学も俳句もビジュアル的な言語。

生け花も茶道もビジュアル的な文化。

日本の文化は映像文化。

日本人はビジュアル人間。

ビジュアルを巧みに操る民族。




だから日本アニメや漫画は世界から支持されています。

そのDNAをもっと日々の生活、教育や仕事に活かせるのです。




こんな時だからこそ

紙の上をペンで自由に動き回ってみてください。

驚くほど心が開かれて脳がスッキリします。

直線や曲線を描くだけでいいんです。

こんな時だからこそ、

絵を描いて伸びやかな世界を感じてください。







絵を描くことは、絵のプロになるためだけに必要なことではありません。

絵の描き方を習うということは、

じつはものの観方、多角的な考え方、伝え方を学ぶということであり、それはたんに目で見るよりもずっと多くのことを意味しています。

よく観て繰り返し絵を描くことで、本当のことに気づいていけます。




芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチは、

凡庸な人間は「注意散漫に眺め、聞くとはなしに聞き、感じることもなく触れ、味わうことなく食べ、体を意識せずに動き、香りに気づくことなく呼吸し、考えずに歩いている」と嘆いていました。

また、絵を美しく描くことだけでは満足しないダ・ヴィンチは

空、樹木、人間、花、動物がいかに存在し、たがいにいかに関係しあっているのか

自分の目で見、自分の手でつかむことで描くすべてのことを理解しようとしていました。

絵に描くことで「よく観ること・よく理解すること」ができるのです。




普段、知っていると思い込んでいる物事を絵に描くと知らなかったことをいくつも気づくことができます。

絵は思い込みや見たつもり、知っているつもりでは描けません。物事は「見る」のではなく「観る」ことが重要で、書物の様に「読みとく」「理解」する感覚が大切です。




絵を描くことで、知らなかったことに気づくので日常的に「よく観る」習慣が身についていきます。




読み書きを学ぶ国語の授業は、小説家など言葉のプロを生み出すためだけの学びではなく、社会で生きていくために必要なものです。

数学も歴史の授業も専門家を育てることだけが目的ではないように、絵を観たり表現したりする美術(アート)の授業も

絵の上手い下手の評価ではなく、「観察力・思考力・伝達力」の感覚を磨いて生きる力を身につけていく大切な時間なのです。




絵が描けないのではなく、描く楽しさを忘れているだけ。

子供の頃、漫画や落書きでワクワクしていたことを思い出して絵を描けば、子供の頃のように創造力が湧いてきて、再び成長を続けます。



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