最初だけ惰性で見てしまう、ことが多い。
今日は「夫婦喧嘩」について。
興味があったわけではないけれど
なんとなく、つけていたら
思い当たることもあれば
なんでそーなの、と苦笑いすることも。
相手に「ありがとう」と言うこと。
気軽にボディータッチすること。
相手の顔を覗き込んでにこっとしてみる、こと。
この三つの秘訣を、知らず知らず実践してる!
私のみならず、夫も。
別に、夫婦喧嘩を回避したくてやってるわけじゃない。
・・・なんでやってるのかわからないけれど
いつの頃からか、それが自然になってる。
(ある意味ふざけて、かもしれない)
その時の、ある出演者の微妙な表情。
なんで私が先に(対等なのに)?
なかなか出来ませんよーというような。
確かに、相手にもよると思う。
ボディータッチや顔を覗き込んでの笑顔、はさておき
「ありがとう」が言える、は人として
身につけるべき所作では?というのが私の考えだけど
あいさつが出来ない大人って、意外と多いんだなと
常々感じている身としては
単に「そういう性格だから」と言ってしまうことに抵抗を感じる。
・・・・大人の責任。
小さい頃に躾ければ、自然に出来ることなのに。
大人になってから苦労することもない。
返事と挨拶はしろ、と、うるさく教えた。
それから
「ありがとう」と「ごめんね」が言える人になってほしいと。
特に、長男が小さい頃の私は厳しい親で
子供の親への暴言を許さなかった。
年上は敬うべき。
理由や意味なんてなくてもね。
けれど、自分の意見があったらはっきり言いなさいと
怒ってる時ではなく、事有るごとに伝えてた。
もしも親が、間違ってると思ったら
あなたの考えを言ってごらん。
それに対して、ああそうだねと反省することもあるだろうし
いや、この場合はこうこうだからと説明することで
あなたが納得できるかもしれない。
大人だって完全じゃないから、間違ったこともするし
それに気付かないこともある。
学校で集団生活を学んでる子供たちの意見が
大人に必要なこともあるんだよ。
もしかしたら、学校での教えが正しくないことも。
そして・・・
叱られた時、私と口論になって
部屋に逃げ込む息子を追いかけ
「謝るまで許さないからね!
このままうやむやになると思うなよ。
ごめんなさいを言わないで済むことなんてない!」と
・・・今思うと大人気ない「若い母」だった(笑)。
でも、私もきちんと
「さっきは言いすぎた。ごめんね」と
先に息子に謝ることもしていたよ。
そして、こういう理由でこれは悪いことなんだ、
だからママは怒ったんだよと伝えてた。
この子は強情だから、
この子は気が弱いから、と
性格のせい、にして許せるのは「親だから」。
社会に出て、他人と付き合う時間の方が長い一生で
言うつもりもないのに
「おはようございます」「あ、ありがとう」「ごめんねー」と
クチが勝手に動く、ような人間になってくれたら
こんなに楽なことはない。
「し慣れないこと」をするのには、いつも勇気がいる。
いつのタイミングで声をかけようか、
相手とすれ違うときにドキドキする、なんてバカらしい。
要するに、「習慣になればいいんだ」と
私は思っていた。
・・・でも、そこまで子供に伝えて躾ける親は
あまりいないだろうな。
あいさつはしなさい、と言うだけ言って
「言ってもしないのよー、そういう年頃だからねぇ」
なんて気楽に考えてるだけ、に思える。
私も出来ないから、子供も出来ない。
これは性格だから、と言う前に
少しでも自分の子が人生を「生きやすく」するために
挨拶やありがとうやごめんねを
「言うのが普通」な感覚が身につく
幼少期から、それなりの準備しておく責任がある。
いつか大人になればできるモンだ、とも言えるけど
「出来るようになる」過程でなんらかの苦労があるよりは
自転車や泳ぎのように、苦労を忘れたくらい昔に
習得しておけばいいものを、と。
だって、あいさつを覚える時間で、
他のいくつかの仕事を覚えることができるんだから。
小さい頃の、自分を覚えてる。
私の父は「昭和の親父」ばりにとても怖くて
気楽に口を利くことも出来ないほどだった。
叱られた時、その場でごめんなさいと言えなくても
「いつか言わなきゃ終わらない」と自分で決めてて
いつ言おう、今、言おうかと
「言う」まで葛藤した。
そして、ごめんなさいと
言ってしまえば、自分の中で「終わる」のだ。
親の態度も軟化するし、その後の関係も修復する。
でも「こいつは頑固だ」と言われていた妹は
意地でも謝らない。
・・・それはそれで、いつのまにか済んでいく。
(それもなんだかなあ、と小さい私は思っていた)
そして「お姉ちゃん(私)は素直だ」ってことに、
なぜかなっていた。
得をしようとか、思っていたわけではないけれど
結果的に、親の評価は上がったのかな・・・
そして妹の目には「おねえちゃんばっかり」と
もしかしたら、映っていたのかもしれないと
コレを書きながら思いついてしまって(?)
・・・そんなの、謝らない自分が悪いんじゃん、と(笑)
なんて、いろんな記憶が甦ってきて
とりとめもない文章になってしまったけれど
とにかく、
子供を育てる過程というのが本当に大事だなと
いつもいつも私は思うわけで・・・
たまたま素直に、人並みにすくすくと
子供たちが育ってくれたから、しゃあしゃあと
こんなことが書けるのかもしれない。
今後、彼らが人の道を外すことになったら
「ほれみろ」ってことになるけれど
「愛情があれば大丈夫!」
この魔法の言葉は万能ではなくて
愛情があるからこそ、
わが子が生まれてからの一瞬一瞬、
日々の積み重ねでこの子の未来が作られる、
くらいの意識のもとに
「子供に伝えたい何か」を、大人になってから言うんじゃなく
その年齢で理解できる言葉で、
繰り返し教えていく、ことが出来るのは
親だけなんだと思う。
子供が愛せない、かわいくない、と悩む人たち。
誰しもそう思う時はあるよ。
そんな時、こうしてみては?と
ちょっとした簡単なプランが私の引き出しに
もしかしたら、あるかもしれない。
・・・ある接点で、触れ合えたらと
ぼんやり思いながら、終わりにします。
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るか@Silky
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