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ZERO to ONE 君はゼロから何を生み出せるか

2014-11-30 10:48:20 | 日記

 この素晴らしい本の序文を読むだけで全てを読みたくなるだろう。そう思って掲載することにした。これ以上の解説や紹介は出来ない。無駄だ。
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 あたらしい何かを作るより、在るものをコピーする方が簡単だ。おなじみのやり方を繰り返せば、見慣れたものが増える、つまり1がnになる。だけど、僕たちが新しい何かを生み出すたびに、ゼロは1になる。

 人間は、天から与えられた分厚いカタログの中から何を作るかを選ぶわけではない。むしろ、僕たちは新たなテクノロジーを生み出すことで、世界の姿を描き直す。それは幼稚園で学ぶような当たり前のことなのに、過去の成果をコピーするばかりの社会の中で、すっかり忘れられている。本書は、新しい何かを創造する企業をどう立ち上げるかについて書かれた本だ。

 

ZERO to ONE

 ZERO to ONE by Peter Thiel with Blake Masters , Copyright 2014 by Peter Thiel
 Japanese tranlation right arranged with Thiel Capital, LLC, c/o The Garnert Company, New York, through Tuttle-Mori Agency, Inc., Tokyo.

 

 日本語版 序文 滝本 哲史

 私は、書籍の推薦依頼について、一つのポリシーを持っている。それは、「生きている人の本は決して受けない」というものである。アラン・ブルームの言うところの「尊敬すべき人を同時代に持たない我々が過去に求めるもの」として書籍があるのだとすればこれは必然だ。だから、小学校時代の塾からマッキンゼーまで実に17年にわたり同級生だった友人が起業したユニークな不動産会社のかなり面白い本でもきっぱり断った。

 ※Allan David Bloom  http://www.newyorker.com/books/page-turner/allan-blooms-guide-to-college

 

 しかし、これが、あのピーター・ティールの世界同時発売の本を先に読めた上での「序文」ということであれば、話はまったく別である。これは断るにはあまりにも強力は誘惑である。というのも、ティールは生きているうちにすでに伝説となっている人物でああり、私にとっては、フランシスコ・ベーコン同様に(ティールもベーコンを引用している)、尊敬の念をおかざるを得ない存在だからだ。

 

 ティールを初紹介しようとすると、彼があまりのも多くの顔を持っているので、一言で説明すすのが難しい。わかりやすい説明をすれば、世界最大のオンライン決済システム、ペイパル(PayPal)の共同創業者であり、現在は、エンジェル投資家(ごく初期のベンチャー企業に自己資金を投資する)、ヘッジファンドマネージャーとして、様々なテーマに投資をしている人物である。ペイパルを創業し、のちに電気自動車のテスラ・モーターズを創業したイーロン・マスクのXドットコムと合併させ、これを株式公開(IPO)させたあと最終的にイーベイに売却した。その後、活動の中心を投資業に移す。

 

 投資家としてのティールの最も有名な顔は、フェイスブックの最初の外部投資家ということである。ティールはフェイスブックに50万ドルを融資し、のちに7パーセントの株式に転換した。これが最終的には、10億ドルになった。映画『ソーシャル・ネットワーク』をご覧になった方は、ファンドが投資を決定するシーンでティールが搭乗しているのを見ているはずである(もっとも、ティール本人は、俳優の服装が自分とは違うのでかなり不満らしい)。ティールはビジネス向けソーシャル・ネットワーキング・サービスのリンクトインにも投資しており、このIPOも大成功している。他にもめぼしいところでだけでも、ヤマー、イェルプ、クオラなどに投資しており、イーロン・マスクの宇宙ロケット開発会社スペースXにも出資している。ペイパル出身者が次々と会社を立ち上げ、あちこちの分野で成功して、その人的、経済的ネットワークが大きな影響力を持っていることから、彼らを俗に「ペイパル・マフィア」と呼ぶが(先述のスペースX、リンクトイン、イェルプの他にも、ユーチューブ、テスラ・モーターズ、キヴァなど各分野でのトップ企業がことごとくペイパル出身者による創業なのである)、ティールはこの「ペイパル・マフィアのドン」だと、彼らを特集したフォーチュン誌で評されている。

 

 そのティールがベンチャーについて本を出した。いわゆる「イケてるベンチャー」を量産している起業家、投資家グループの中心人物が、スタンフォード大学の学生向けに行った「起業論」の講義をもとに書いた一冊だ。そうなれば、これだけで「即買い」ということになりそうではないか(今すぐレジに向かおう)。『スタンフォード式起業の教科書』と改題して、私が「これがアメリカの学生に配られている武器だ」と帯に書けばベストセラー間違いない(もちろん、そんな本だったら私は序文は書かないだろう)。

 

 ただ一方で、ウェブで読めるような「○○を成功させるための10の法則」的な、内容を薄めた本じゃないのかと、心配にもなるだろう。安心して欲しい。実は、ティールはそんな単純な人物ではないし、本書もそんな「わかりやすい」本ではない。例えば、今流行りのリーン・スタートアップなどは、手厳しく批判している。

 ※リーン・スタートアップ  http://theleanstartup.com/  http://leanstartupjapan.org/

 

 実際、ティールはいろいろな顔を持っており、かなり複雑な人間だ。ティールの世界観が垣間見える出来事がある。フェイスブックの上場まもなく、フェイスブック株をほとんど売ってしまったのだ。これが原因でフェイスブック株は大幅に下落した。証券市場も非常な驚きをもってこれを受け止めた。なぜ、そうしたのか。そのヒントはディールが設立したベンチャー投資ファンド、ファウンダーズ・ファンドのサイトに載っている。いわく、「我々は空飛ぶ自動車を欲したのに、代わりに手にしたのは140文字だ」。このコピーはツィッターを揶揄したものだが、要は、フェイスブックを含めてソーシャル・ネットワーキング・サービスの未来が、ティールにはあまりに小さく退屈だったということだろう。

 ※140文字 Twitter の文字制限上限数 SNS の 160文字の制限数から来ている。

 

 その証拠に、ティールが力を入れている他のプロジェクトのある種の荒唐無稽ぶりを見てみるといい。ティールは、世界的ベストセラー『選択の自由』の著者で新自由主義を提唱したミルトン・フリードマンの孫で、グーグルの元エンジニアであるパトリ・フリドーマンが創った Seasteading Institute を支援している。これは、公海上に石油採掘プラットフォームのような人工島を建設し、そこに完全に規制のない自由な実験国家を作ろうとするプロジェクトである。ティールはこれまで125万ドルを寄付したと報道されている。ある意味、とても馬鹿げている。他にも技術的なブレークスルーで世界を変えるプロジェクトに出資している。それは延命技術であったり、人工知能が人間の知性を超えるポイント(シンギュラリティ)に達した後の世界はどのようなものかを研究するプロジェクト(本書でも人間と人工知能の関係に触れている)などで、その他、基礎科学にも寄付をしている。特に延命技術はSFチックで、投資先には、死体の冷凍保存が社員の福利厚生に含まれている会社すら存在する。医療の発達による延命の可能性を残そうというものである。

 ※ Steasteading Institue   http://www.seasteading.org/

 ※ Singularity:技術的特異点 ( Technological Singularity ) とは、未来研究において、正確かつ信頼できる、人類の技術開発の歴史から推測され得る未来モデルの限界点を指す。 http://singularityu.org/

 

 最近、物議を醸したのはプロジェクトは、ティール・フェローシップである。これは、20歳以下の若者に対して、学校をやめる他には特に条件なしに2年間で100万ドルを支給し、研究や仕事に没頭させるというプログラムである。これはあまりにも大胆な社会実験であり、一定の批判を受けた。しかし、ティールによれば、今の高等教育の隆盛はバブルでしかなく、飛び抜けて優秀な頭脳の持ち主にとって大学は、集中すべき活動に割くための時間を奪い、一般的な活動しか与えていない有害なものである。「完全に自主的な知性、何か新しいものを作る決意、そして、それを実現する力を持った者」をその課題に専念させれば、大きな成果を上げることができるから、そのための資金を出そうというわけである。その内容は消費者向けの新サービスの開発から、基礎科学、政治に絡んでくるイシューまで様々であり、すでに一定の成果を上げている。

 

 このプログラムの応募書類の質問の中には、本書でも紹介される、ティールが最も重視する質問が出てくる。それは、「世界に関する命題のうち、多くの人が真でないとしているが、君が真だと考えているものは何か?」というものである。つまりティールは、強い個性を持った個人(ただし、実際にはティールは少人数のチームを重視する)が、世界でまだ信じられていない新しい真理、知識を発見し、人類をさらに進歩させ、社会を変えていくことを、自らの究極の目的としているのである。一見、金持ちの道楽としか思えない様々なプロジェクトも、個性ある個人の知性と技術による社会改革の一つと考えれば、了解可能だ。

 

 ティールは多数の意見を積極的に覆すことを意義あることと考える。であるから、政治的には個人の絶対的な意志、自己決定を重視するリバタリアンの立場をとり、先ほど紹介した人工島国家計画を支援したり、さらには、リバタリアン系の政治家に大口献金をしたりするわけである。そんなティールが起業に関する本を書けば、世の中の流行と同じものになるわけがない。ティールは、ヘッジファンドのマネージャーとして世界経済の流れに逆張りして投資していたこともあるくらいの「逆張り投資家」であるから、本書の内容も逆張りである。

 

 ティールの主張で最もコアとなる部分は、「リーン・スタートアップ」と呼ばれる今流行りのコンセプトとは真逆である。リーン・スタートアップでは、事前にあまり計画せずに、少しずつ改善することを重視するが、ティールはそうしたスタートアップは結局は成功しにくいと考える。むしろ、あるべき姿は、「競合とは大きく違うどころか、競合がいないので圧倒的に独占できるような全く違うコンセプトを事前に計画し、それに全てを賭けろ」というスタンスである。Yコンビネーターや500スタートアップスといった、「どれが成功するかはわからないので、一定の基準を満たしたら全て投資する」という最近のインキュベーター型の投資会社とは真逆のスタンスだ。私自身の経験からも、皆が反対する投資の方が結局リターンが良いという実感がある。

 

 ティールは競争ではなく、独占の重要性を強調する。実際、完全競争下では超過リターンは消失するというのが経済学の教えるところであり、競争を避けて利益を追求することがイノベーションの源泉であることは、私自身が著書『僕は君たちに武器を配りたい』で散々強調したことでもある。これはティールの人生の初期段階でのキャリアチェンジとも関係しているようだ。ティールは元々スタンフォード大学のロースクールを出て法曹を目指していたが、狙っていた最高裁判所のポジションが取れず、同じ道で競い合って大量の人が微妙な差で勝ったり負けたりするゲームのむなしさ、リスク/リターンの悪さを痛感したらしい(これは私自身の経験とも被る)。そこで、デリバティブのトレーダーになるのだが、これも実は違いを作り出せない仕事だとティールは考えたようだ。そして最終的には起業家へと大きくキャリアを切り替えていく。

 

 だから、ティールは、優秀な学生が経営戦略コンサルタントや弁護士、投資銀行などのキャリアに就いて、「あいまいな楽観主義」にもとづいた小さな成功(「選択肢が広がる」だけである)しか手にせず、社会を大きく進化させる力を持たないことを批判する。むしろ、積極的な計画、あるべきものを提示することによって社会を動かし、自分の人生のコントロールを取り戻す試みとしての起業を、人生における正しいアプローチと位置づける。まだ多くの人が認めていない「隠れた真実」を、利害とビジョンを共有したマフィアによって発見して、それを世界中に売り込む。少人数のチームが、テクノロジーを武器に、社会に非連続な変化を起こす。こうしたプロジェクトのポイントを、ティールは本書で順々に説明していく。

 

 この「隠れた真実」を明らかにしていく、つまり本書の署名が意味する「ゼロから1を創り出す」アプローチの観点から、昨今、盛り上がりを見せている日本のスタートアップ、起業界隈を振り返ってみると、「0 to 1」とはほど遠いことがわかる。隠れた真実を追究するというよりは、アメリカ流行っているテーマの焼き直し日本に向けにアレンジしている起業がとても多い。一般個人投資家にとってのみ目新しい、流行りのビジネスモデルや経営者の話題性(性別、学歴、職歴など)、資金調達の規模をもとに、ベンチャー界隈でお互い褒め合ったりして、評価が決まってしまっているところもある。

 

 こうなると、あるテーマがビジネスになりそうだとなると、一斉に同じコンセプトの会社が市場に参入する。例えば、現在ソーシャルゲームにはあまりにも多くのプレーヤーが参加してお互いにつぶし合っていて、独占とはほど遠い状況である。結果、ほとんど似たようなコンセプトを互いに模倣し、最終的には広告投入競争になってしまっている。すると、今度は、ソーシャルゲーム会社からスマホ向け広告の出稿を見込めるので、各社メディアアプリ競争が勃発した。しかし、これもどんどん後発が先行プレーヤーをまねるため、結局は広告の投入合戦になっており、ついには、あれほど凋落したと言われていたテレビCMさえちょっとした活況を呈している。しかし、いずれはどれも超過リターンを取れなくなっていくだろう。

 

 「タイムマシン経営」と言われる海外成功事例のパクリも多い。アメリカでバイラルメディアが流行すれば、日本でもバイアルメディアが乱立し、ニュースメディアが流行りそうであれば、これまた、同じようなサービスが乱立する。ティールはペイパルとXドットコムがつぶし合いになりそうなときには合併することで不要な競争を避けたが、日本では逆の方向である。こうした会社がなんとか大きくなって上場したとしよう。この場合、上場がゴールになってしまい、その後株価が急落する会社も多い。一見すると目新しいけれど大企業が容易に模倣できるサービスを提供する会社が、社長の個人的話題性で株価をつり上げることに成功するも、大企業が本気で参入したとたん「利益が急落、株価が数分の1に」などということは日常茶飯事である。

 

 日本人はスタートアップにおいても、「隠れた真実」とは真逆の「皆が知っているが実は間違っていること」に賭けて損をする人が多い。投資の世界では、「日本人が来たら売れ」などとやや皮肉めいた格言があるが、こんなことでは、日本で成功したベンチャー企業が、国内市場の成長性では株価が維持できそうにないので無理に海外進出し、結局、現地で返り討ちに遭い、グローバリゼーション失敗という展開になっても無理からぬ話である。一方、ティールが手がけている投資先の場合、当初はそんなことがビジネスになるのかと言われ、あるいは技術的に現時点で疑問点があるからこそ、世界でトップになることができるわけである。

 

 以上を踏まえると、本書はぜひ、様々な立場にある日本人に幅広く読まれて欲しいと思っている。また、ピーター・ティールという、アメリの快進撃の象徴であると同時に思想的にかなり変わった人物、しかも、その一見特異に見える思想を本当に実現してしまいかねない人物について、興味を持つキッカケにして欲しいと思う。

 

 ます、一番読んで欲しいのは、起業家ないし起業志望者の人達だ。スモールビジネスで起業するのも良いが、全く新しい世界を変えるような巨大な起業を創り出そうとする本書のアプローチは一度目にしておいた方が良いだろう。必ず、目線をあげるキッカケになるだろう。

 

 また、大企業で働き、新規事業を開発しようとしている人達には、その必要な規模感に見合う思考法を身につけるのに良いはずだ。

 

 いわゆる、高級サラリーマン、プロフェッショナルにも良い刺激だ。実際、ティールは年収20万ドルぐらいの一流大学卒業生、「雇われ身分」の人達を一番挑発しているように思う。それは、ティール自身が、「あいまいな楽観主義」による選択肢の拡大、分散投資的発想の際限のない競争の世界から積極的に「ドロップアウト」した人物だからでもある。

 

 科学やテクノロジーの力で社会を変えよう、今までにない発見をしようと思っている自然科学者、エンジニアにとっても、起業に対するイメージを変える一冊となるだろう。最近、京大でノーベル賞に最も近い研究室の一つと言われている研究室に属するとびきり優秀な研究者に起業の概念を説明する機会があったのだが、実は、「隠れた真実」を発見するという点において、両者は似通っている。

 

 ひょっとすると、あるべき社会像やリバタリアンに興味がある人、また、現在の知識人像についいて思いを馳せてみたい人にも面白いかも知れない。ティールはある意味で近代合理主義の元祖によく似ている。つまり、フランシスコ・ベーコンが典型であるように、ルネサンス期には科学と技術、ビジネス、政治といった、現在においてばらばらの分野も互いに融合しており、一人の人間がそれを担っていたのだ。

 

 そして、なりよりも、未来を担う若者に勧めたい。なぜなら本書は、ティールが、世界を進歩させるために世界中で配ろうとしている武器だからである。

 

 さらに言えば、本書を起点に、「隠れた真実」を見つけ出す「マフィア」が生まれることを期待している。ボン・ヴォヤージュ!冒険の途中で会いましょう。

 

ZERO to ONE  ゼロ・トゥ・ワン
君はゼロから何を生み出せるか

ゼロ・トゥ・ワン 目次

 

日本語版序文 瀧本哲史 3
はじめに 19

 

1.僕たちは未来を創ることができるか 22
2.1999年のお祭り騒ぎ 30
3.幸福な起業はみなそれぞれに違う 43
4.イデオロギーとしての競争 58
5.終盤を制する 70
6.人生は宝くじじゃない 88
7.金の流れを追え 115
8.隠れた真実 129
9.ティールの法則 147
10.マフィアの力学 160
11.それをつくれば、みんなやってくる? 170
12.人間と機械 187
13.エネルギー2.0 202
14.創業者のパラドックス 227
終わりに 停滞かシンギュラリティか 247

 

はじめに

 ビジネスに同じ瞬間は二度とない。次のビル・ゲイツがオペレーティング・システムを開発することはない。次のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンが検索エンジンを作ることもないはずだ。次のマーク・ザッカーバーグがソーシャル・ネットワークを築くこともないだろう。彼らはコピーしているようなら、君は彼らから何も学んでいないことになる。

 

 もちろん、新しい何かを作るより、在るものをコピーする方が簡単だ。おなじみのやり方を繰り返せば、見慣れたものが増える、つまり1がnになる。だけど、僕たちが新しい何かを生み出すたびに、ゼロは1になる。何かを創造する行為は、それが生まれる瞬間と同じく一度きりしかないし、その結果、まったく新しい、誰も見たことのないものが生まれる。

 

 この、新しいものを生み出すという難事業に投資しなければ、アメリカ企業に未来はない。現在どれほど大きな利益を上げていても、だ。従来の古いビジネスを今の時代に合わせることで収益を確保し続ける先には、何が待っているのだろう。それは以外にも、2008年の金融危機よりもはるかに悲惨な結末だ。今日の「ベスト・プラクティス」はそのうちに行き詰る。新しいこと、試されていないことこそ、「ベスト」なやり方なのだ。

 

 行政にも民間企業にも、途方もなく大きな官僚制度の壁が存在する中で、新たな道を模索するなんて奇跡を願うようなものだと思われてもおかしくない。実際、アメリカ企業が成功するには、何百、いや何千もの奇跡が必要になる。そう考えると気が滅入りそうだけれど、これだけは言える。ほかの生き物と違って、人間には奇跡を起こす力がある。僕らはそれを「テクノロジー」と呼ぶ。

 

 テクノロジーは奇跡を生む。それは人間の根源的な能力を押し上げ、より少ない資源でより多くの成果を可能にしてくれる。人間以外の生き物は、本能からダムや蜂の巣といったものを作るけれど、新しいものやよりよい手法を発明できるのは人間だけだ。人間は、天から与えられた分厚いカタログの中から何を作るかを選ぶわけではない。むしろ、僕たちは新たなテクノロジーを生み出すことで、世界の姿を描き直す。それは幼稚園で学ぶような当たり前のことなのに、過去の成果をコピーするばかりの社会の中で、すっかり忘れられている。

 

 『ゼロ・トゥ・ワン』は、新しい何かを創造する企業をどう立ち上げるかについて書いた本だ。僕がペイパルとパランティアの共同創業者として、その後フェイスブックやスペースXを含む数百社のスタートアップへの投資家として、直接学んだことのすべてがこの本の中にある。その過程で起業には多くのパターンがあることに気づいたし、本書でもそれらを紹介しているけれど、この中に成功の方程式はない。そんな方程式は存在しないのだ―起業を教えることの矛盾がそこになる。どんなイノベーションもこれまでにない新しいものだし、「こうしたらイノベーティブになれますよ」と具体的に教えられる専門家などいないからだ。実際、ひとづだけ際立ったパターンがあるとすれば、成功者は方程式でなくなる第一原理からビジネスを捉え、思いがけない場所に価値を見出しているということだ。

 

 本書は、2012年にスタンフォード大学で僕が受持った起業の授業から生まれた。大学で専門分野を極めても、広い世界でそのスキルをどう使ったらいいかまで学べる学生は少ない。僕はこの授業を通して、専門分野によって決まった路線の外にもっと広い未来が広がっていること、その未来を創るのは君たち自身であることを教えたかった。学生のひとり、ブレイク・マスターズが詳しく記してくれた授業ノートは、キャンパスを超えて拡散し、そのノートに僕と彼が修正を加えて、より幅広い読者向けにこの『ゼロ・トゥ・ワン』ができあがった。スタンフォードやシリコンバレーだけに未来を独占させていいわけがない。

 

1.僕たちは未来を創ることができるか

 採用面接でかならず訊く質問がある。「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?」

 

 ストレートな質問なので、ちょっと考えれば答えられそうだ。だけど実際には、なかなか難しい。学校では基本的に異論のない知識しか教わらないので、この質問は知的なハードルが高い。それに、どの答えは明らかに常識外れなものになるので、心理的なハードルも高いからだ。明晰な思考のできる人は珍しいし、勇気ある人は天才よりもさらに珍しい。

 

 僕が聞かされるのは、こんな答えだ。

 

 「この国の教育制度は崩壊している。今すぐに立て直さなければ」
 「アメリカは非凡な国家だ」
 「神は存在しない」

 

 どの答えも感心しない。最初の二つは真実かもしれないけれど、多くの人が賛成するだろう。三つ目はおなじみの論争の一味に味方しているだけだ。正しい答えは次のような形なるはずだ。「世の中のほとんどの人はXを信じているが、真実はXの逆である」。僕の答えは本章で後ほど紹介しよう。

 

ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか
 2014(平成26)年9月25日 第一刷発行

 

 著者 ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ
 序文 瀧本 哲史
 訳者 関 美和
 発行者 溝口 明秀
 発行所 NHK出版

 

http://akim.mo-blog.jp/



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