『日本歯技』12月号「書評」
水谷惟紗久(著) 18世紀イギリスのデンティスト - 歯科医療の起源、そして「これから」
〔評者〕日本歯科技工士会常務理事 岩澤 毅
本書は、ヨーロッパでナポレオンが勢力も持っていた時代の少し後のロンドンの「歯科医療」とその周辺を描き出した一冊です。
著者の水谷惟紗久氏は、慶応大学大学院修士課程終了後、研究職を経て、日本歯科新聞社の記者・編集者として経験を積み、歯科に対する問題意識や知見を蓄え、早稲田大学大大学院に再び学び、その修士論文が本書の骨格となっています。
本書では、18世紀イギリスのデンティストに焦点をあて、大学図書館が契約する電子ライブラリを通し、日本に居ながら膨大な18世紀英国の歯科関連の書籍・広告を縦覧し、歯科医療の起源を探る方法を取っています。
国家の在り方が現在と違い、歯科医療に従事する者の資格制度もなく、学問の蓄積と普及に努める学術組織の整備も途上であり、社会保障や医療保険制度もなく、言わば「完全に自由な」歯科医療の成立期の様相が描かれる。
第1章「美的欲求に応えるデンティストの登場」では、18世紀イギリスの歯科関連分野の状況が解明されます。第2章「歯が「死」に関連していた時代」では、死亡統計から歯科口腔との関連を探り、当時の歯科医療の水準の解明を試みます。第3章「18世紀資料に見るデンティストの諸相」では、新聞広告と商工人名簿から、歯科口腔関連分野の当時の様相を、具体的に生き生きと描き出します。第4章「歯科口腔領域に関する書物」では、当時の歯科口腔関連分野の書籍の内容の分析を行う。第5章「「近代外科技術の父」の書から知るデンティストの業務範囲」では、当時の歯科口腔分野関連論文を紹介しながら、その著者たちの背景分析等を試みます。第6章「歯科外科医、シュバリエ・ラスピーニのビジネス」では、歯科口腔分野に携わる者たちの経済活動、経営状態にも光を当てます。第7章「そして、日本の歯科医療はこれからどこに行くのか」は、「まとめ」と言わばセットで、著者による日本の歯科医療に対する提言を含めた試論です。
現在の日本医療知識からすれば、随分「野蛮」な18世紀イギリスの歯科医療と思われる部分もありますが、患者が求め、提供するサービスは現在と多くが共通しています。著者は、この共通部分に歯科医療の存在意義を見ているようです。
歯科医療と歯科技工を歴史的視点で考える時、示唆に富む一冊と言えるのではないでしょうか。
出版社 日本歯科新聞社 (2010/07)
著者 水谷惟紗久
定価 3,800円+税(送料別)