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歯科技工士・岩澤 毅

岩澤毅 PFI導入に伴う病院歯科の歯科技工の外部委託に関する考察

2009年11月01日 | 日本歯技
『日本歯技』学術science

日本歯技:第485号・2009年(平成21年)11月号 33~38

PFI導入に伴う病院歯科の歯科技工の外部委託に関する考察

岩澤(いわさわ) 毅(つよし) 
秋田県歯科技工士会所属,歯科技工士生涯研修6期終了,日技認定講師,ブログ:『歯科技工管理学』管理人 http://blog.goo.ne.jp/akisigi

Ⅰ.はじめに

 PFI(1~19)※1 導入に伴う病院歯科(以下,医療機関とする.)の歯科技工の外部委託(3~19)に関し,SPC※2 が医療機関と歯科技工所の間の委託・受託関係に病院運営業務(一般管理支援業務) (5~19)として 介在(14)する動きがある.
 本稿では,SPCが医療機関と歯科技工所の委託・受託関係に介在することの是非を解明する.
 歯科医師法,歯科技工士法,医療法,医療法施行令,民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(PFI法) ,健康保険法関係通知等の検討から歯科医業と歯科技工業とSPCの関係について考察した.

※1 PFI (Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)
「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(PFI法)が平成11年7月に制定され,平成12年3月にPFIの理念とその実現のための方法を示す「基本方針」が,民間資金等活用事業推進委員会(PFI推進委員会)の議を経て,内閣総理大臣によって策定され,PFI事業の枠組みが設けられた.
民間の資金,経営能力,技術的能力を活用することにより,国や地方公共団体等が直接実施するよりも効率的かつ効果的に公共サービスを提供できると思われる事業について,PFI手法で実施される.公共施設等の建設,維持管理,運営等を民間の資金,経営能力及び技術的能力を活用して行う手法.

※2 SPC (Special Purpose Company:スペシャル・パーパス・カンパニー)
PFIでは,入札説明書において,落札した民間事業者にPFI事業の実施のみを目的とする株式会社の設立を義務付けていることが多い.このような特別の目的のみのために設立された会社は,特別目的会社 (SPC) と呼ばれ,このSPCが選定事業者となる.
PFIでは選定事業者としのSPCは,資産を保有するのみならず,複数の委託先を通じて業務を行うこと,これらの契約を統括的に管理し,そして各業務間で調整の必要が生じた場合にはSPCが責任を負い,委託先との間で問題を解決すねことが期待されている.すなわち公共サービスの提供に必要となる設計,施工,維持管理等の業務を選定事業者に包括的に委託することができ,選定事業者が総合的に関係者を管理することが期待されている.
ここでは,公共施設等の建設,維持管理,運営等を民間の資金,経営能力及び技術的能力を活用する手法の具体化としての特別目的会社,あるいは特定目的会社の略語.

Ⅱ.歯科医師と医療法

1.歯科医師の責務

 歯科医師には,「医師,歯科医師,薬剤師,看護師その他の医療の担い手は,第1条の2に規定する理念に基づき,医療を受ける者に対し,良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならない.」(医療法第1条の4)(図1)と,その責務が定められている.

医療法
第1条の4 医師,歯科医師,薬剤師,看護師その他の医療の担い手は,第1条の2に規定する理念に基づき,医療を受ける者に対し,良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならない.
2 医師,歯科医師,薬剤師,看護師その他の医療の担い手は,医療を提供するに当たり,適切な説明を行い,医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない.
図1医療法 第1条の4第2項。

2. 歯科医師の裁量

 歯科医師は,患者への説明と同意を経て良質かつ適切な医療を提供しなければならない責務(医療法第1条の4の2) (図1)を履行するに際して,歯科医療のための患者との準委任契約の履行に必要な範囲(医療法第1条の2) (図2)で,他の利害に左右されずに「裁量権」の行使が求められる.

医療法
第1条の2 医療は,生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし,医師,歯科医師,薬剤師,看護師その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき,及び医療を受ける者の心身の状況に応じて行われるとともに,その内容は,単に治療のみならず,疾病の予防のための措置及びリハビリテーションを含む良質かつ適切なものでなければならない.
図2医療法第1条の2。

3. 歯科医療と歯科技工の特質

 歯科技工は,本来歯科医師が歯科医療の一環として行っていた業務を,歯科技工士という専門職を創設し,歯科医師の直接・間接の監督と指示,両者の協働作業により「歯科医療の用に供する」(歯科技工士法第2条,第17条)(図3)業務である.

歯科技工士法
第2条 この法律において,「歯科技工」とは,特定人に対する歯科医療の用に供する補てつ物,充てん物又は矯正装置を作成し,修理し,又は加工することをいう.ただし,歯科医師(歯科医業を行うことができる医師を含む.以下同じ.)がその診療中の患者のために自ら行う行為を除く.
第17条 歯科医師又は歯科技工士でなければ,業として歯科技工を行つてはならない.
図3 歯科技工士法第2条,第17条。

4. 歯科技工業務の管理

 歯科技工業務の管理者は,歯科技工所の管理者として届け出られた歯科医師または歯科技工士でなければならない(歯科技工士法第22条)(図4).歯科技工業務は,歯科技工の受託から納品までを含む.
 歯科医療・歯科医業の中から生まれた歯科技工・歯科技工業は,その歯科技工に関し主治の歯科医師の指示を必要とする.
 歯科技工業務独自の管理と主治の歯科医師の指示を受けた個別具体的な歯科技工を具現する管理は,歯科技工所固有の業務である (歯科技工士法第2条)(図3).

歯科技工士法
(管理者)
第22条 歯科技工所の開設者は,自ら歯科医師又は歯科技工士であつてその歯科技工所の管理者となる場合を除くほか,その歯科技工所に歯科医師又は歯科技工士たる管理者を置かなければならない.
図4 歯科技工士法第22条。

5. 医療法における管理者の責務と「著しい影響を与える業務」の「業務委託」と歯科技工業務

 歯科技工は,個別具体的な「特定人の歯科医療の用に供する」(歯科技工士法第2条) (図3)業務であるから,その歯科医療に与える影響は著しく大きい.
 歯科技工は,医療法に「著しい影響を与える業務」(医療法第15条の2)(図5)(医療法施行令第4条の7) (図6)と定められた8業務(1検体検査、2滅菌消毒、3患者給食、4患者搬送、5医療機器の保守点検、6医療ガス供給設備の保守点検、7寝具類洗濯、8院内清掃)より以上に,歯科医療に著しい影響を与える業務である.故に,歯科技工の業務を規律することに歯科技工士法の立法目的がある.
 平成17年3月18日付にて,厚生労働省医政局長より各都道府県知事等宛に歯科技工所の構造設備基準及び歯科技工所における歯科補てつ物等の作成等及び品質管理指針についての通知(図7)がなされた.
 この通知は,「医療の質の向上や安全性が望まれている現在,歯科医療における歯科補てつ物等の重要性にかんがみ,長期間口腔内で機能する良質な歯科補てつ物等の質の確保は国民並びに歯科医師及び歯科技工士の双方が望むものである」とし,業務の質の担保の重要性を指摘しその確保を図っている.

医療法
第15条の2 病院,診療所又は助産所の管理者は,病院,診療所又は助産所の業務のうち,医師若しくは歯科医師の診療若しくは助産師の業務又は患者,妊婦,産婦若しくはじよく婦の入院若しくは入所に著しい影響を与えるものとして政令で定めるものを委託しようとするときは,当該病院,診療所又は助産所の業務の種類に応じ,当該業務を適正に行う能力のある者として厚生労働省令で定める基準に適合するものに委託しなければならない.
図5 医療法第15条の2。

医療法施行令
(診療等に著しい影響を与える業務)
第4条の7 法第15条の2に規定する政令で定める業務は,次のとおりとする.
1.人体から排出され,又は採取された検体の微生物学的検査,血清学的検査,血液学的検査,病理学的検査,寄生虫学的検査又は生化学的検査の業務
(以下略)
図6 医療法施行令第4条の7。

歯科技工所の構造設備基準及び歯科技工所における歯科補てつ物等の作成等及び品質管理指針について

 医療の質の向上や安全性が望まれている現在,歯科医療における歯科補てつ物等の重要性にかんがみ,長期間口腔内で機能する良質な歯科補てつ物等の質の確保は国民並びに歯科医師及び歯科技工士の双方が望むものである.
 しかしながら,歯科技工士法(昭和30年法律168号)第24条に規定する構造設備等の基準や指針が定められていないことから,良質な歯科補てつ物等を供給するための歯科技工所の質的担保を図る基準等が必要となっている.
 良質で効率的な歯科医療を確保する観点から,良質な歯科補てつ物等を供給するための歯科技工所の管理制度に関する具体的基準等の検討を進めてきたところであるが,今般,別紙のとおり,「歯科技工所の構造設備基準」及び「歯科技工所における歯科補てつ物等の製作等及び品質管理指針」を作成し,歯科技工所として遵守すべき規準等を示すこととしたので,御了知の上,関係者に周知方をお願いする.
(以下略)
図7 平成17年3月18日厚生労働省医政局長通知(医政発0318003号)。

6. 歯科技工業務と歯科医師の指示

 歯科技工業務は,主治の歯科医師の発行する歯科技工指示書,更に主治の歯科医師の直接の指示(歯科技工士法第18条)(図8)を予定する業務である.
 非歯科医師・非歯科技工士による歯科技工業務の管理,非歯科医師・非歯科技工士による歯科技工業務への介入は予定されていない.

歯科技工士法
(歯科技工指示書)
第18条 歯科医師又は歯科技工士は,厚生労働省令で定める事項を記載した歯科医師の指示書によらなければ,業として歯科技工を行つてはならない.ただし,病院又は診療所内の場所において,かつ,患者の治療を担当する歯科医師の直接の指示に基いて行う場合は,この限りでない.
図8 歯科技工士法第18条。

Ⅲ.医療機関の診療報酬

1. 歯科診療報酬点数と歯科技工料の関係

 歯科診療報酬点数表第12部「歯冠修復および欠損補てつ」(図9)内の歯科技工と密接に係わる各区分点数は,歯科技工料の実勢価格を基礎に, 健康保険法第76条の2(図10)等を根拠に中央社会保険医療協議会の議を経て算定される(20).
 SPCによる委託歯科技工料への低減圧力とその行使は,歯科診療報酬点数の低減化を招き,医療機関の診療報酬の収入の縮減に帰結する.

診療報酬改定告示(診療報酬の算定方法)
別表第2歯科診療報酬点数表第2章 第12部 歯冠修復及び欠損補綴
(通則5)
歯冠修復及び欠損補綴料には,製作技工に要する費用及び製作管理に要する費用が含まれ,その割合は,製作技工に要する費用がおおむね100分の70,製作管理に要する費用がおおむね100分の30である.
図9 歯科診療報酬点数表第2章 第12部 歯冠修復及び欠損補綴 通則5。

健康保険法
(療養の給付に関する費用)
第76条 
2 前項の療養の給付に要する費用の額は、厚生労働大臣が定めるところによ
り、算定するものとする。
図10 健康保険法第76条第2項。

2. 医療機関の診療報酬とSPCの利益

 歯科技工の価格に関し,SPCが,医療機関と歯科技工所の間に介在し,SPC独自の利益を求めることは,公共サービス(この場合医療機関)を長期安定的に「効率的かつ効果的に社会資本を整備する」(PFI法第1条)(図11)目的に反し,医療機関の診療報酬の収入の縮減を招くので,SPCの医療機関と歯科技工所の間への介在は適さない.

民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(PFI法)

(目的)
第1条 この法律は,民間の資金,経営能力及び技術的能力を活用した公共施設等の整備等の促進を図るための措置を講ずること等により,効率的かつ効果的に社会資本を整備するとともに,国民に対する低廉かつ良好なサービスの提供を確保し,もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする.
図11 民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(PFI法)第1条。

Ⅳ. おわりに

 PFI利用に伴う医療機関の歯科技工の外部委託に関し,SPC が医療機関と歯科技工所の間で歯科技工の委託・受託関係に介在することは適さない.歯科技工業務に関する外部委託に関しては,主治の歯科医師・診療科が,臨床歯科医療的観点、歯科医学的・歯科技工学的観点から委託先を選択することが求められる.
 SPCは,医療機関の医業以外の周辺業務等から収益を得ることが求められる.歯科医業収入の一つの柱である歯冠修復・欠損補てつに密接に係わる歯科技工の委託歯科技工料に関し,SPC が医療機関と歯科技工所の間に介在し,収益を求めることは適さない.
 SPCは,医療機関と歯科技工所の間で歯科医療の特質に係わる歯科技工の委託・受託関係に介在することに適さない.
 本考察から,医療機関からの歯科技工の業務の外部委託に関し,歯科技工所との委託・受託関係を明確に規定する法令の整備(21)の必要性が示唆された.

(参考文献)
1)内閣府(PFI推進室):PFI事業契約に際しての諸問題に関する基本的考え方,平成21年4月3日.
2)内閣府(PFI推進室) :PFI事業契約との関連における業務要求水準書の基本的考え方,平成21年4月3日.
3)東京都:都立病院改革マスタープラン-21世紀の新しい都立病院の創造,平成13年12月.
4)東京都病院経営本部:都立病院改革実行プログラム,平成15年1月.
5)東京都病院経営本部:がん・感染症医療センター(仮称)整備運営事業実施方針,平成17年12月.
6)東京都病院経営本部:がん・感染症医療センター(仮称)整備運営事業 参考資料集,平成17年12月.
7)東京都病院経営本部:特定事業(がん・感染症医療センター(仮称)整備運営事業)の選定について,平成18年3月30日.
8)東京都病院経営本部:がん・感染症医療センター(仮称)整備運営事業 平成18年3月30日・31日に公表した資料に関する質問回答集,平成18年12月4月28日.
9)東京都病院経営本部:がん・感染症医療センター(仮称)整備運営事業 業務要求水準書,平成18年5月.
10)東京都病院経営本部:がん・感染症医療センター(仮称)整備運営事業 提出書類作成要領及び様式集,平成18年5月.
11)東京都病院経営本部:がん・感染症医療センター(仮称)整備運営事業 第1回入札説明書に関する質問回答書,平成18年6月30日.
12)東京都病院経営本部:がん・感染症医療センター(仮称)整備運営事業 第2回入札説明書に関する質問回答書,平成18年9月15日.
13)東京都病院経営本部:がん・感染症医療センター(仮称)整備運営事業 第3回入札説明書に関する質問回答書,平成18年10月20日.
14)東京都病院経営本部:平成18年9月29日付の入札説明書別添資料3 提出書類作成要領及び様式集様式Ⅶ−8−②Aのうち、1(2)歯科技工の設定単価の修正版,平成18年11月15日.
15)東京都病院経営本部:がん・感染症医療センター(仮称)整備運営事業 業務要求水準書〈改定版〉,平成18年12月
16)東京都病院経営本部:がん・感染症医療センター(仮称)整備運営事業 入札説明書別添資料3 提出書類作成要綱及び様式集,平成18年12月
17)東京都病院経営本部:がん・感染症医療センター(仮称)整備運営事業 事業契約書(案) <改定版>,平成19年[ ]月[ ]日.
18)東京都病院経営本部:がん・感染症医療センター(仮称)整備運営 事業に係る業者選定経過及び審査講評,平成19年3月27日.
19)東京都財政部:東京都におけるPFI事業の現状と課題,平成19年8月9日.
20)岩澤毅:社会保険歯科診療点数と歯科技工の法的位置-法令の構造の考察を中心として,日本歯科技工学会雑誌28(2):135~139,2007年12月.

21)岩澤毅:「歯科補てつ物法」(仮称)を提案する-平成17年(2005年)9月8日医政歯発第0908001号を読む-,ごまめ36:47~49,2006年9月.

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