いつかの自分へ〜島のほけんしつ日々のこと〜

「島のほけんしつ 蔵」セラピスト。
魔女だと呼ばれるのも悪くないと思う今日この頃。
日々の事を気の向くままに。

愛で塗りつぶそう

2020年02月28日 | オモウコト

いろんなことが起こっている。

 

少し前、星読みをする友人が、

「今までの常識が通じない世界になる」って言っていた。

不安を煽るわけではなくて、それはそうなのだと思う。

だって、常に世界は進歩しているのだから。

 

いろんな人がいろんなことを発言する。

それは自由だけれど、誰かや何かを批判したり、憂いていてもなにも変わらない。

むしろ、不安や恐怖を煽り、負のエネルギーが増大するだけ。

 

いつも通り過ごしながら(ここ大事)、最低限のできることをやろう。

 

カラダのこと、ココロとの繋がり、知っていれば強いよね。

こういう時、カラダの中ではなにが起こっているの?

なら、どうしたらいい?

ココロがざわざわしている時って?

なら、どうしたらざわざわしなくなる?

みんな、知ってるはずだけど、いろんな情報に振り回されて何が何だかわからなくなってる。

そんな気がする。

 

 

 

世界がざわざわしている時、

いつも浮かぶのは、【アミ 小さな宇宙人】のこと。

 

愛の度数が低くなるとその世界は破滅に向かうと言う小さな宇宙人アミ。

そして、アミは言う。

 

ただ武器を放棄しただけでじゅうぶんなんだ。

そしてみんな、仲良く家族のように平和に暮らす。それでじゅうぶんなんだよ。

それを実現するのになにも人間にかんぺきさなんかを要求しなくていいんだ。

ただ、他人を傷つけることをしなくなるだけでじゅうぶんなんだよ。

その方がかんぺきさを求めることなんかよりも、ずっとやさしいことなんだ。

 

言葉という武器であったり、

恐怖や不安を増幅させる手段であったり。

そういうのはもう手放したいね。

 

くっだらないことでゲラゲラ笑う。

涙が出るほど、腹筋痛いほど笑ったけど、

それをどんなにリアルに誰かに話しても、絶対その楽しさは伝わらない。

それはその時の私たちのくっだらない楽しさだから。

その場の空気感だから。

でも、そこには、イジワルのカケラも、不安も恐怖もなにもなかった。

ただただ、その場を共有してくれた友人と、その時間と場所を愛おしく感じた。

「楽しそうな笑い声が聞こえたから」って入ってこれた人はラッキー。

そんな時間と空間が増えるといいね。

 

9年前の未曾有のあの頃にもこう言ってた人がいた。

「愛で塗りつぶそう」

これ、今もまた。

「愛で塗りつぶそう」

自分も他人も。世界を。