前回から間があいてしまいましたが
その間、我が家の次女犬 パピヨンのリコが老衰のため亡くなりました。
15歳10ヶ月、長生きしてくれたと思います。
プラハ到着
まだ9時半くらいなので、ホテルに荷物を預けて観光に出かけました。
黄色い機械で24時間乗り放題の交通チケットを買いました。
(改札はないですが、バスやトラムでは私服の警備員?が突然チケットチェックを始めます)
中央駅から
プラハ城に行きました。
雨と風と寒さで
傘をさすのがやっと。
プラハ城、聖ヴィート大聖堂まで来ましたが
教会内で雨宿り
教会内で雨宿り
市街よりも高い場所にあるので
風が強いみたいです。
息子との後日の反省会で、
あの天候を考えたら、プラハ城はパスして
美術館などに行ったら良かったな、
近くにミュシャ美術館があったのに。
あまりの雨と寒さとトイレを求めて
カフェへ。
プラハ城から下る道沿いのカフェ
暖かくてケーキ美味しくて
生き返りました。
カフェに駆け込んだ時は大雨で写真も景色も見れなかったのですが
出る時は雨が上がって
こんな可愛い外観のカフェでした。
雨が上がっているうちに
見物しよう
カフェの前の道をずっと下ると
ジョンレノンの壁
ジョンレノンの壁
ジョンレノンはプラハには来た事がなかったそうですが
共産主義だった当時
平和と自由の象徴として
ジョンレノンの顔が壁に描かれて
その壁に皆が絵を描いたりメッセージを書いたりしたそうです。
カレル橋
カレル橋からブルタバ川
スメタナ博物館の中を川が
流れていますが
以前来た時(9年前)は
こんなに激しい流れでは無かったので
(トンネルの中を小さなボートが通れるくらい穏やかな流れでした)
この時ドイツやハンガリーで記録的に降っていた大雨の影響だと思います。
カレル橋を渡って旧市街へ。
有名なプラハの天文時計。
毎時0分にからくり時計が動きますが
またしてもトイレ探し
スターバックスのトイレを借りている間に
からくり時計は終わってしまいました。。
雨が止んでいる間に
ヴァーツラフ広場まで。
この広場(通り)はプラハ民主主義史の舞台。
1968年
プラハの春の革命で
ソ連軍の戦車がこの通りに乗り入れ
自由を求める市民を弾圧した場所です。
その後1989年ビロード革命と呼ばれる
民主化革命で
プラハは民主主義の国になりました。
(私の理解範囲なので詳しい方いらっしゃいましたら教えてください)
この通りをソ連の戦車が走ったと思うと
現在のこの光景が感慨深かったです。
今は通りの両側にたくさんのお店やレストランがあります。
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