60代の独り言!

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藤山一郎 長崎の鐘(クラシック歌謡)

2017-08-15 12:35:34 | 音楽
藤山一郎 長崎の鐘(クラシック歌謡)

 
こんにちは!青山です。
 
8月9日は、長崎に原爆が落とされた日です。
 
広島は、よく知られていて、テレビでも色々と報道されますが、長崎は・・・。
 
実は、青山は長崎を知りません。行ったことがないのです。
 
でも、歴史上いろいろなことがあったと知り、隠れキリシタンなどの言葉は
 
知っていました。
 
港で、中華街があるところといえば、横浜の中華街、神戸の中華街と
 
長崎の中華街が有名なのですが、長崎にはまだ行ったことがないのです。
 
今回長崎の鐘の曲を聴いたときに、とっても感動したので、出来れば
 
長崎に行ってみたくなりました。
 
そうだ。長崎といえば、観光では、グラバー邸やハウステンボスが有名ですね。
 
ぜひとも行ってみたくなりました。
 
実は、以前長崎出身の部下がいたときに、とても嫌なことがあり、それから
 
長崎から遠ざかっていたんだと理解しました。
 
でもそれがきっかけで、今の家内と一緒になった経緯があるので、
 
今考えると、とてもそのことに、感謝しています。
 
話は戻りますが、長崎の鐘は、原爆を落とされた大学教授の方が、その鎮魂歌として
 
歌を作り、皆さんの励ましをされたということです。
 
ウイキペデヂィアによると、
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 『長崎の鐘』(ながさきのかね)は、永井隆が執筆した随筆。

内容は、長崎医科大学(現長崎大学医学部)助教授だった永井が
原爆爆心地に近い同大学で被爆した時の状況と、右側頭動脈切断の
重症を負いながら被爆者の救護活動に当たる様を記録したもの。
 
被爆時に大学をはじめとする長崎の都市が完全に破壊された様子、
火傷を負いながら死んでゆく同僚や市民たちの様子を克明に描いている。
永井は、この時妻を亡くした。
また、救護の際には、頭部の重症と疲労から自らも危篤状態におちいるが、
同僚医師や看護婦たちの努力により一命を取り留める。
「長崎の鐘」とは、廃墟となった浦上天主堂の煉瓦の中から、
壊れずに掘り出された鐘のこと。

作品は1946年(昭和21年)8月には書き上げられていたが、
連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) の検閲により
すぐには出版の許可が下りなかった。
 
精神科医の式場隆三郎が創刊に関った『東京タイムズ』に
「原爆病患者の手記」の連載を始めると大いに話題になり、
1948年、永井隆の『生命の河』がやはり式場隆三郎の経営する
日比谷出版社から出版された。
『長崎の鐘』は、GHQ側から日本軍によるマニラ大虐殺の
記録集である『マニラの悲劇』との合本とすることを条件に、
1949年(昭和24年)1月、同じく日比谷出版社から出版され、
紙不足の当時としては空前のベストセラーとなった。

永井自身は、「なかなか出版してくれる出版社がなく、
式場隆三郎氏などの尽力により出版にこぎつけた」と本書序文に書いている。

同年7月にサトウハチロー作詞・古関裕而作曲で同書を
モチーフとした歌謡曲が発売されて大ヒットし、
翌1950年(昭和25年)には松竹により映画化された。

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となっていました。
 
更に、碑文がありましたので、それにも触れておきますね!
 
長崎市のHPより、抜粋させていただきました。


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碑文

長崎の鐘よ鳴れ
長崎の鐘よ鳴れ
私達の肉親を奪った
私達のからだをむしばんだ
あの原爆が
いかに恐ろしいものであるか
あの戦争が
いかに愚かなものであるか
長崎の鐘よひびけ
長崎の鐘よひびけ
地球の果てから
果ての果てまでも
私達の願いをこめて
私達の祈りをこめて



昭和五十二年七月二十日
長崎県被爆者手帳友の会
長崎県動員学徒犠牲者の会
会長 深堀勝一
松岡國一 刻

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<建立の経過>もありましたので、それも掲載させていただきます。

 原爆投下後、33回忌を迎えるにあたり、動員学徒、女子挺身隊、
徴用工、一般市民の原爆殉難者の冥福を祈り、あのようなむごい原子爆弾が、
再びこの地球で炸裂しないためにも、この鐘を鳴らし続けて
恒久平和の確立を世界の人々に訴えるため建立したものである。
遺族、被爆者、およそ21,000世帯の拠出金により建立された。
 
以上、今回は、いろいろな部分をコピーさせていただき、
 
皆さんに理解していただきたいと思い、このような形式にさせて
 
いただきました。他意はありません! 「長崎の鐘」は、
 
色々な方の思いから、建立されたのだと知り、
 
素晴らしいことだと感動を受けました。 
 
是非、行かせていただきたいなと再び思いました。
 
いつも最後まで読んでいただき、
 
本当にありがとうございます。

 
以上、青山でした。また次回・・・。