ぶらり歩く旅&エッセイ

旅=車を卒業し、時間をかけて出会いを大切にした「こころのふれあい旅」をと考え結果、膝栗毛旅を選択しました。

県境の峠

2015-07-21 20:55:43 | エッセイ


犬越峠
バスストップから犬越峠(標高1070M)に向かう。
東海道自然歩道は、ハイカーに出会うことが多い。
「いい日に来ましたね。素晴らしい富士山が迎えてくれていますよ。」
 挨拶を交わした下山者が峠の情報を知らせてくれた。
峠から見た富士山は、奥丹沢山塊の向こうに姿を見せ、
山頂は薄く雪をかぶっている,
 山々を台石にした雄姿は、まさに日本の象徴富士山だ。

 満々と水を蓄えた丹沢湖は音もなく静かである。
五十数年前に訪れた三保村、
牡丹鍋をご馳走してくれたあの婆ちゃんの顔が懐かしい。
昔アイスキャンデーの販売で使っていた大きな冷凍庫に
猪肉の大きな塊がドカーンと入っているのには驚いた。
この辺の家は皆同じ冷凍庫を持っていると言う。
捉えてきた獲物を近所で分けるらしい。

勝手に話して一人で大笑いしている陽気な婆ちゃんで、
日焼けして真っ黒なしわだらけの顔が懐かしい。
 
 ダム記念館の職員に当時の地図を見せてもらいながらの説明で、
婆ちゃんの家のあったところはおよその見当はついた。
出島のようになっている所にある現在の三保小学校の下で、
中川と玄倉川の交わる近くで、つなぎ赤トンボが
棚田の水にピヨーンピヨーンと跳ねていた姿が
昨日のように脳裏に残されている。

一時間に一本のバスはかなりの待ち時間があったので歩くことにした。
出会ったバス停で少々の待ちならと思いながら歩いたが駄目一向に出会う気配がない。

あきらめかけていた時、折りよく通りかかったバスに、
ダメ元とばかり手を上げたら何故か止まってくれた。

気持ちのよい運転手さんで
「疲れたんでしょう」
と声を掛けてくれた。他の乗客もニコニコ笑っている。
おかげで気持ち良く車中を過ごし駅に着くことができた。

御殿場線「谷峨駅」は中川と鮎沢川の合流点で、
山の中腹にある。無人駅だが風情のある駅舎は風の通りがよく気持ちがいい駅だ。

曽我丘陵を歩く 1

2015-07-08 12:36:43 | エッセイ
 


斜陽の家
御殿場線下曽我駅を降りると目の前に
穏やかな丘陵が目に入ってくる。
 
 10分ほど歩くと中程に立つ
「城前寺」(蘇我兄弟の菩提寺)に着く。
更に一〇〇㍍ほどの所に
太宰治が通った雄山荘があった。
 
 文学を愛する太田静子の女心を利用し、
束の間の同棲生活を送り、日記を提供させ
仕上げたのが「斜陽」この小説は、
静子の日記をもとに書き写された
ものであることは周知の事実。
 
 太宰治の人間性には百歩譲っても共感はできない。
小説の内容以前に人間として最悪ですね。

 現在、雄山荘火事で焼失してしまい
礎石しか見られないのが残念である。

脱走した小鳥

2015-07-01 09:29:58 | エッセイ


脱走した小鳥  GOO
「ピーが脱走しちゃったよ」
外出から帰るとかみさんが大きな声で叫んでいた。
ベランダにぶら下げている鳥籠に
二羽いるはずの小鳥が一羽しかいない。
外付けのえさ箱、蓋がひび割れしていて
取り替えようといながら延ばし延ばしにしていたミス。
「ふた、きちんと閉めてなかったんだろ!」
 この小鳥、以前も閉め忘れた蓋を頭でこじ開け、
家の中を飛び回り大騒ぎをさせた前科があるのだ。

一度逃げ出した飼い鳥は帰ってこないのが当たり前、
ごくまれに帰ってくることもあるらしい。
「暗くなるまで籠は其のままにしておいてみな、
もしかすると帰って来るかもよ」
 そのもしかがあったのだ。
しばらくして窓越しに聞きなれた声が聞こえた。
「ぴーだ」
 その時のかみさんの行動の早かったこと。
見るとベランダにある植木鉢の淵に止まっている。
窓を開けても逃げる気配もないので急いで
鳥籠を家の中に入れ窓は開けたまに置いた。

少し間をおいて入ってきた。
そばによっても逃げる気配もないので
急いで窓を閉める。

こうなれば占めたもの、
部屋を暗くすれば簡単に捕まえることが出来る。

籠に入るとわき目もふらずに餌箱に飛びついた。
飼い鳥に自然界で餌を見つけるのは無理のようだ。

こうしてわが家でのささやかな事件は終わった。


こども山の会 

2015-06-21 18:22:22 | エッセイ

朝比奈街道とこども山の会 ?
大船から金沢八景行バスで朝比奈下車、
目の前を左折山道に入る。
人の手がほとんど入っていない自然豊かな山林を
15分ほど歩くと熊野神社の標識に出会う。
本道から左に200mほどの山中に神社はあった。

最近建て替えたらしく白木の色がまだ残っている。
さらに上ると奥ノ院、
小さいが本格的な神社の形式を保っている。
切通しの道は、僅かな湧水が年中道を濡らし
気を付けないと足を取られそうだ。

光触寺・浄妙寺・を過ぎ報国寺の裏山に上った。
芝生が敷きつめられ、昼食には絶好の場所だ。
木陰で大勢の親子の集団がお弁当を食べていた。

食事が済むと子供たちは勝手に広場を飛び回っていて
母親たちはおしゃべり会だ。

一人の子供の相手をしていると、
いつの間にか4・5人の子供達に囲まれていた。
一人の子のお腹をくすぐると、
興味津々、代わる代わるお腹を出してくる。
誰にでもこんなに気を許して寄ってくるのだろうか、
少し心配になって来た。

なんの会なのかお母さんに聞いてみた。
幼稚園に入る前の子供たちと一緒に山を歩く
「こども山の会」だそうだ。
正式名称は少しあやふやだが大体あっていると思う。
鎌倉のハイキングコースは全部制覇したそうだ。私にとっては曾孫と言ってもいい年令、皆元気いっぱいだった。子供たちの写真は親の許可を得ていないので掲載は×とします。size="5">

釣りの親子

2015-04-06 20:00:21 | エッセイ


釣りの親子
何日ぶりだろうか、久しぶりに海岸を歩いてみた。天気は良し、陽だまりにいると厚いくらいだった。波打ち際から三〇メートルも沖に行くと急に深くなる海岸で、海水浴には不向き故、釣り人達の人気があるみたいで何時来ても釣り人がいない日は無い。今日は親子連れのカップルの様子を観察してみた。五メートルぐらいの間隔で釣っているのだが、一〇分ぐらいいただろうか、この間全く会話が全くなかった。釣り人の会話の少なさは常識だが、この親子は全く違っていた。と思っていたのは大きな勘違い、目と目で会話が成立していたらしい。魚籠に入れるたびに互いに頷き合っているのを見て安心した。

卒業

2015-04-04 12:06:37 | エッセイ
卒業
私の家の目の前が中学校のグランド、毎朝7時になると部活動の朝練が始まる。一番近いところに位置するテニス部の活動が気になって仕方がない。毎日見ていると名前はわからないにのに勝手に呼び名を付けて成長の過程を見ているのが楽しみの一つ。昨年は暇を持て余し大会会場に出かけ勝手に声出しの応援、これが又楽しいのだ。
三月になると3年間成長した姿が見られなくなるのは寂しいものだ。高校生活、生き生きと元気に楽しい学園生活になることを祈っている。