翌日から、アカリは元気になった。
ママから、見守ってると思えばいいと言われたことが素直に浸透して、人影が怖くなくなってきたのだ。
あんなに怖がっていた事がウソのように晴れ晴れとしている。
「アカリ、元気になったみたいね」
「もう大丈夫みたい、ありがとう、ママ」
暗がりには、やはり影が見える。
だというのに、怖いどころか嬉しく思える。
あんなに暗がりを見ないようにしていたのに、今度は暗がりの影を探している。
それは、日に日に強くなってゆき、ママは戸惑った。
(ここまで変わるなんて、おかしいとしか思えないわ)
アカリはニコニコしているが、どことなく、浮ついていて、現実感がない。接客中も、普段より明るくしているから喜ばれているが、どこを見ているのかわからない表情をするようになっていた。
「アカリ、最近ご機嫌だけど、どうかしたの?」
尋ねると、アカリは屈託のない笑顔で
「前に怖がっていた人影ね、わたしの運命の人だったの!」
と笑顔で言う。
これには、人生経験を積んできたママですら度肝を抜かれてしまった。あまりにも突拍子もなく……つじつまが合わない。
「かれね、家で待ってるの。わたしのこと、愛してるって言ってくれるの」
まるで、小さい子供と話しているような気分になる。たどたどしく、しかし一片の疑いもない物言いに、なぜか苛立ちすら感じた。
そして、どこか、薄気味悪い。
『カラン』
お店のドアに下げられたベルが音を立てた。
「いらっしゃいませ」
アカリが弾む声で接客に向かう背中を、不安げに見つめるしかなかった。
その日の仕事が終わり、アカリはいそいそと帰り道を急いだ。
待っているヒトがいる。
それだけがアカリの心を支配している。
アカリの望みは叶った。
愛されたい。ただただ、それだけを願い続けていた。見ないようにしていた、自分の本心。
あの人影は、アカリの本心にある望みを叶えたのだ。
「ただいま!」
リビングの電気をつけると、おかえり、と聞こえてきた。
「今日も疲れちゃったけど、待っててくれると思うと元気になれるの」
ニコニコと話す。
店で賞味期限切れになってもらってきた惣菜をバッグから出し、お皿に盛り付ける間も、ひっきりなしに話している。
この前までは話し相手がなく、ずっと静かだった部屋の中が賑やかになって嬉しい。
それからアカリが眠りにつくまで、楽しげな笑い声が響いていた。
アカリは幸せだった。
(そう、あの人影は、わたしに幸せを運んでくれたのだ。きっと、きっとそうだ……。)
翌日、店に来たアカリを見て、ママはぎょっとしてしまった。
ニコニコと元気そうなのに、目の下のクマが隠しきれていない。
明るい声と裏腹に顔色が悪い。
「アカリ、ほんとに大丈夫なの…!? 顔色も悪いし、なんかフラフラしているじゃないの!」
アカリはへへ、と子供っぽく笑う。
「たくさん寝たし、心配しないで」
「心配するわよ、そんな状態で仕事なんかさせられないじゃない」
ママは眉間に皺を寄せた。
「大丈夫って言ったら大丈夫です!」
思いがけず強く反発され、ママはたじろいだ。言った本人も驚いた表情を一瞬見せて………すぐに引っ込んでしまった。
「大丈夫、かれと幸せなの、わたしは!」
見たこともない表情だった。怒り…、いや、憎しみのような表情。
「ママは、わたしの幸せを邪魔するの!?」
子供のように純粋な感情を見せる。
おかしい、どうしてしまったのだろう。
声を荒げたというのに、アカリはもうヘラヘラとしている。
アカリは、どうしてしまったのだろう。
アカリは、どうなるのだろう。
照明に照らされたアカリの足元に、漆黒のような影が揺らめいていた。
〘続く〙