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小説・影返し⑤霊視師

2021-03-10 22:28:32 | 日記
アカリの様子は日に日におかしくなっていった。

心ここにあらずといった様子で、あらぬ方を見てはぼんやりしたり、客の前でも立ち尽くしてみたり、はたまた声をかければ怒鳴ることすらある。

客からも気味悪がられ、ママはアカリに掃除などだけ任せたが、それすらおぼつかない。

そして、ついに、アカリは店に来なくなった。
開店準備をしながら、ママはため息をついた。
いったい、何が起きているのかなさっぱりわからない上に、誰に相談していいのかもわからない。

アカリの実親に会ったことはないが、本人から家庭が冷え切っていることは聞いている。
というより、相談できる家庭があるなら、こうして一緒にいないだろう。

「やぁ、ショウコさん、いるかい?」

ショウコというのは、ママの名前だ。ママを名前で呼ぶ人は限られている。
ましてや、準備中に入ってくるのは、ママ…祥子をよく知る古客…トシオだった。

「トシオさん、まだ早いわよ」

ショウコが顔を上げると、見慣れたトシオの隣に、見覚えない男が立っていた。ショウコは慌てて居住まいを整え、

「まあ、お友達? ごめんなさいね、すぐ用意しますから」

「いやいや、客でもあるんだけどね、違うんだ」

トシオはショウコを止め、腕時計をちらりと見た。開店まで30分はある。

「注文は開店してからにするよ。それより、この人を紹介させてくれ」

「え、ええ…」

「はじめまして」

トシオの隣にいる男が口端を少し上げて名刺を差し出した。

『霊視師』

「れいしし?」

「そうなんだ、この人…タカミツくんはね、俺たちには見えないものが視えるんだよ」

「えっ…」

ショウコは驚いてタカミツを見る。痩身で背が高く、キレイとはいえない背広に、強いくせ毛の髪。
やはりクタクタの鞄を左手に持ち、右手で眼鏡を何度も押し上げていた。

「アカリちゃん、どうにも心配でね…」

そういえば、トシオは一昨日来てくれたとき、アカリを相手していた。

「おせっかいだったら、すまないね」

トシオの言葉に涙ぐむ。よかった、アカリを心配してくれる人がいた。
そのことが、自分のことのように嬉しい。

「タカミツくん、何か視えるかい?」

「…ここには、何も。やはり、本人だろうな」

そう言いながら、眼鏡を上げたり下げたりしている。

「影が見えるって、言って怯えていたの、アカリ」

そう言って、アカリがどんな様子だったか、何を話したか、二人に……というより、自分に語りかけるように話した。

「影返し」

「カゲカエシ? なんだ、それは」

「その娘さんは、幽霊の影を踏んだんだろう」

「幽霊の影……?」

「……詳しくは後だ。話を聞いた限りだが、進行が早すぎる、すぐに見に行ったほうがいい」

「い、今からか?」

トシオが驚いて目を丸くした。
とりあえず視てもらえば大丈夫ぐらいに思っていたから、飲むつもりの気楽さで来たのだ。

「臨時休業にするわ、タカミツさん、お願いします!」

言うが早いか、ショウコは戸締まりをしてから分厚いコートを羽織ると、店の入口も施錠し、臨時休業の札を掲げてしまった。

「アカリの家に案内します………どうか、アカリを助けて……!」

タカミツはゆっくりと頷き、3人でアカリの家へ向かった。

〘続く〙



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