せっかちな人なんだろう、アカリはそう思うことにして思考を止めた。
いなくなった人のことを考えてもしかたない。
もし、また会うことがあったなら、お礼をすればいい。
気を取り直して店の裏口ドアを開ける。
中から、むわっと暖かい空気がこぼれるように飛び出してきた。
知らずしらず強張っていたアカリの身体と心を包みこむ。
「遅くなってごめんなさい、ママ」
接客していたら聞こえないだろうけれど、ひとまず声をかける。
お店の方に出るには着替えないといけない。
ママとアカリの二人で切り盛りできる小さな店だ。堅苦しい決まりはないが、最低限のケジメはつけた方がいい、ママは常々そう言っていた。
着替えを済ませ、化粧を直してから、お店の方に顔を出す。
ちょうどよく客を見送るタイミングだったようで、店の入口で客を見送るママの後ろ姿があった。
店内を見渡すが、他に客はない。
「あら、アカリ、来てたの?」
「はい、遅くなってごめんなさい」
「無理しなくても大丈夫よ?」
そう言いながら、客に向けるのとは違う優しい笑顔でアカリを迎えてくれた。アカリはホッとした自分に気付くと同時に、
「ママにプレゼントしたくて」
素直にプレゼントの入った箱を渡すことができた。実は、どう渡そうか少し迷っていたのだ。
「まぁ、なに〜?」
中に入っていたのは、イヤリングだった。小さな白い花をあしらったモチーフと桜貝が可愛らしいそれは、なんとなくレトロさを感じるのに、古臭いとは感じなかった。
「貝のイヤリングなんて、懐かしいわね! それに、とても素敵だわ、ありがとう、アカリ」
「気に入ってもらえると嬉しいです。その、ママに似合うと思って…」
「本当に嬉しいわ」
そう言いながら、さっそく着けてくれることが嬉しい。心に日が灯るような温かさを感じるが、なんとなく照れくさくて、そそくさとテーブルを片付け始めた。
アカリは、実家に帰れば両親がいるが、もう何年も帰っていないし、連絡も途絶えたままだ。
アカリが気がついたときには既に、冷え切った家庭だった。夫に見限られた母は、娘に依存していた。
アカリはそれがイヤになり、高校卒業と同時に家を飛び出して一人暮らしを始めたのだ。
その少しあとには携帯電話の番号も変えてしまった。
もう8年も前の話だ。
いろいろとあって、ママと出会い、この店にきた。今では、実の母よりもママのほうが頼りにもなるし、心を開いていられる。
それでも、叶うことならば。
いつかは本当の家族をつくれる男性と結ばれたいと願っていた。
深夜。
閉店の時間になり、ママは売り上げなどを2階の自室へと運んで計算している。
以前、空巣にあったとかで、レジに入れっぱなしにはしない。
その間に、アカリは店内を片付ける。
ふと、照明を落とした店の隅に人影が見えた。
(……え?)
そんなはずはない。
店の入口は施錠したはずだ。
一度、視線をはずしてから、もう一度店内を見渡す。
やはり、暗がりに影が見える。
「……あ、あの…」
声を出すことで恐怖心をごまかしながら、照明のスイッチへと移動する。
「お客様、ですか?」
バカバカしい質問だが、聞かずにはいられなかった。
_呼んだのは、お前だ_
声が聞こえると同時にパッと電気が点いた。 たが、人影は消えていた。
(気のせい……?)
そう思うものの、手はしっかりと握りしめられ、汗ばんですらいたのだった。
そう、それが、始まりだったのだ。
《続く》
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます