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T.グゥィン氏、死去

2014年06月18日 | 衝撃的/落胆
元記事はコチラ。

「安打製造機」と呼ばれたトニー・グウィン氏が死去した。

54歳という若さだった。

1987年に3割7分という打率を残すと、4割の可能性を感じさせ

メジャーリーグがストライキに入った1994年は

3割9分4厘という打率を残している。

グウィンは生涯、サンディエゴ・パドレス一筋でプレーした。


かつてのチームメイトには、フレッド・マグリフや

ゲーリー・シェフィールドといったオールスター級選手がいたが

彼らは次々と移籍していった。

パドレスでは、彼らが求める

高額な年俸を払うことが出来なかったから。


そういう中にあって、グウィン氏はそうした選手とは一線を画した。

彼は生涯で4700万ドルあまりしか稼いでいない。

年俸の最高は2000年の630万ドル。おそらく相場の半分程度だった。

他チームから高額のオファーもあったはずだが

パドレスからのオファーにしか興味を示さなかった。


引退後は、母校でもあるサンディエゴ州立大学の監督を務めている。

そこではスティーブン・ストラスバーグを育てた。

グウィン氏は、メジャーリーグ並みにストラスバーグの球数を制限。

彼の将来に備えた。また、気性の荒かったストラスバーグは

グウィン氏から感情をコンロトールするすべも学んだそうである。


JiNGGAみたいにMLBの表層的なところしか見ないニワカには

「野茂英雄が三振を取ることが出来なかった打者」とか

「イチローの打撃フォームを“デタラメ”だと言ふている」とか

「グゥィンが現役期のパドレスに日本人選手はいなかった」とか

そんなところだけを論(アゲツラ)って

日本人選手の“敵”みたいな風に見ていたヒトもいたかもね。


全然、そんな“敵”って感じの人物では無かったようだけど。

54歳で死んでしまうなんて…残念だな。

でも、「噛みタバコをやってたから癌になって早死にした」

みたいな論調に、JiNGGAは同意出来ないな。


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