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ベランダから愛を込めて

アパートやマンション等の集合住宅によっては、
ベランダの隣家との仕切りにこんなふうに書いてある場合がある。



非常の際はここを破って隣家へ避難できます。


かなり前からこういうものを見るたびに思っている。

出来ない。オレにはたぶん出来ない」と。

壁を破ってお隣に行くなんて、、、そんなワイルドなこと、、、。
そもそも「非常の際」といっても明確な規定があるわけでは無い。
殺人犯が包丁を片手にドアを破って侵入して来たら非常事態なら、
ゴキブリが不意に飛んで来て顔に止まった、
というのも非常事態と言えなくもない。
百人百様の緊急事態がある。


どれくらい非常な事態なら壁を破るのにふさわしいと
万人に認めてもらえるのだろうか。わからない。
それにもしオレが突然壁を破ってお隣に飛び込んだら、
さぞかしお隣のミセスはびっくりするであろう。


こういうことは立場を逆転させて考えてみるとわかりやすい。
たとえばこうだ。


秋の空の高い穏やかな昼下がり。
今日は久しぶりの休日だ。
オレは起きたままの格好で着替えもせずに、
ベランダに置いた椅子に腰掛けてコーヒーを飲みながら、
時間のある時用に楽しみにとっておいた文庫本を読んでいる。

遠くで子供達の声が聴こえ、
お向かいのベランダで洗濯物が風に揺れている。

平和だ。

やがてどこからか身体の深い所から睡魔が訪れて来て、
オレは膝に本を伏せてそっと目を閉じる。

平和だ。どうしようもなく平和だ、、、とその時であった!



バリバリバリバリッ!!!


ここに越して来て以来聴いたことも無いような
小気味のいい爆音がして壁からオッサンが飛び込んで来たのだ
壁からオッサンが、だ。


あり得ない。死ぬ程びっくりすると思う。
場合によってはおどろいてこっちが心臓発作で
本当に死んでしまうかも知れない。
どんな非常事態がオッサンに訪れたのか知らないが、
お前のほうがよっぽど非常事態なことおびただしい、と言いたくなる。
そう考えるとますます「オレにはできない」と思う。


非常の際はここを破って隣家へ避難できます。


こういう文字を見た時に僕らが知るべきことはふたつある。
ひとつは、「非常時にはここを破って隣家に避難できる」ということ、


そして、もうひとつは、
突然なんの前触れも無く隣家からオッサンが飛び込んで来る場合がある
ということだ。


世の中は親切でないので、
都合の悪い事は巧妙に裏に隠されて告げられているのだ。
僕らは常に物事の裏メッセージを読み取ることのできる
ハードボイルドな感受性を持ち続けなくてはいけない。


一見、穏やかに見えるベランダ・ライフですが、
その裏で<可能性>というスリルとサスペンスでベランダは溢れている。


もしかしたら、10秒後、あなたの部屋のベランダに
突然、隣のオッサンが飛び込んで来るかも知れないんですよ!!!




ほら!!後ろ!!!



あ~ドキドキするぅ。


ーーー



注 

このコラムは2004年の「伝言」からの再掲です。
現在はリンクを外しているコラムが5年分くらいありますので、
ときどき、昔のものも掲載して行きます。


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