■夏の甲子園出場が決まりました!
第91回全国高校野球選手権大会にて、
大会歌「栄冠は君に輝く」を歌わせていただくことになりました~。
全試合の5回裏終了後に私の歌が甲子園で流れるとのこと。
いやあ、これは嬉しいです。。
甲子園、、野球少年だった私の夢でした。
小学生の私が憧れた選手は、東海大相模の原辰徳選手でした。
確か小学校の3年生とか4年生だったと思います。
原さんに憧れ、自分も甲子園で野球がしたい、
そんな思いで野球に明け暮れた少年時代でした。
早いもので、あれから30年以上が経ちました。
32年ですかね、、、。
その後、ジャイアンツ入りした原さんは
若大将と呼ばれ、好青年と呼ばれ、爽やかだけが取り柄と言われ、
凡打で後ろ指を指されることもありましたが、
巨人の4番を長きに渡り努め、
歴代の4番打者と比べても遜色のない素晴らしい結果も残されました。
現役生活の晩年は控えに回ることも多く、
ファンにとって悔しい時期もありましたが、
本人はもっともっと悔しかったでしょう。
それでもグラウンドでは最後まで爽やかに立ち振る舞い、
現役生活を終えるとき原さんの言葉、
「私にはまだ夢のつづきがあります」を聞いて私は本気で泣きました。
私は心の中で、原(呼び捨ててですみません)、
オレは見てるぞ、オマエの夢の続きをオレは見ているぞ、
とテレビの中の原さんに涙を拭きながら語りかけていました。
数年のブランクの後に、コーチ時代を経てついに巨人監督に。
その時のキャッチフレーズが「ジャイアンツ愛」(!)。
このとき、私は心の中で激しく脱力しつつ、
原さんに「あっぱれ」をあげました。
第一期の監督時代は一年目にリーグ優勝をし、
日本シリーズを制したものの、翌年になぜか解任。
我々ファンも何故なんだ!とコブシを握りしめましたが、
当のご本人はネガティブな発言は一切しなかった。
「言いたいことや恨み言は胸にしまって墓場に持って行く」と彼は言った。
口を真一文字に食いしばり、ここでも若大将は爽やかだった。
そして、現在に至る監督第2期。
昨年はリーグを制し、WBCでも指揮をとった。
50歳となった今もなお好青年の面影を残すその姿が、私には眩しい。
「私にはまだ夢のつづきがある」と口にした日から、
15年近くの時が流れたけれど、彼はそれを今もなお実践している。
そして、それを形にして我々ファンに示し続けている。
ファンに、というか、
私との約束を彼は守ってくれたと勝手に感じるくらいです。
30年以上に渡って、自分のやることや、その時々の判断を
不特定多数の他人の目に晒され続け、
その結果を常に見られつづけ、失敗を隠すことも出来ない。
間違いや失敗を責められ、ののしられ、
それでも他者への不満を口にできない。
いったい、どんな毎日毎日であったか。
言いたいこともあったはずだ。
そうじゃないと言い返したい時もあったはずだ。
それでも彼は笑い続けて、いつまでも自分の日々を闘っている。
このタフな爽やかさの前では、
すぐにどこかに消えてしまう中途半端な毒などは足元にも及ばない。
眼を閉じれば、30数年前、
甲子園を沸かせた原選手がまぶたに浮かぶ。
高校生だった彼が50歳になるというのだから、
10歳だった私が40歳になるわけなのだ。
30年後の僕は歌手になっており、
あの頃の夢は生まれ変わってしまったけれど、
夏の甲子園の全試合で歌が流れ、夢は時を超えて繋がった。
これはなんかたまらないものがある。
なぜか、原さんの話しになってしまいましたが、
私の甲子園の夢から現在に繋がって来る思い出でした。
「私にはまだ夢のつづきがある」
口にするだけで涙が出そうだ。
原さんもまた、延長戦を続ける大人のひとりなのだ。
私も自分なりの延長戦をがんばりたい。
この夏は甲子園に行くぞ~~~。
本日、横浜に集まってくれたみなさん、 ありがとうございました!