think&write ~素晴らしき日常~

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「sports magic」 (12年1月11日)

2012-01-11 21:26:51 | 日記
1月11日。見事にポッキー3本である。
11月11日がポッキーの日であったか定かではない。しかし、自分はポッキーよりもPRETS派であるからその話題は置いておくことにしよう。そういえば、PRETSも2・3ヶ月は食べていない。


気が付いていたら、年が明けていた。未だに~年の欄に2012という文字が刻むのを見ると、未だに違和感を覚える。
某映画では2012年に地球は終わりを迎えるらしい。自分も3割信じている。テレビの見過ぎか。


今日も寒い。起きて、唾を飲み込んでみたら喉の近くに、まるで流れ星のように、一瞬痛みが走った。自分の部屋の中も乾燥しているらしい。昨日暖房を付けっ放しで寝たのが悪かったか。今度は流れ星が去ったあとのように、後にも残りそうな後悔に包まれる。
そして、カレンダーを見た。今日は1月11日。そして、自分の頭の中にある「プロ野球開幕」までのカウントダウンが1日縮んだことに満足を感じた。もうそろそろキャンプ。自分の脳内も徐々に野球色に染まっていくのだな、と感じる。


落合博満氏の存在が何故か恋しく思った。彼のことを好んではいない。しかし、「変革者」という認識は今でも変わらない。
自分は関東在住の熱狂的な阪神ファンである。去年も彼に敵対心を燃やしていた。彼の率いる中日ドラゴンズを倒して、勝利の喜びを全身で感じることが、巨人を倒すことと同じ位、心地よかった。
ところが、落合ドラゴンズは去年10ゲーム以上あるヤクルトとの差をシーズン最後の佳境(10月)でひっくり返して、チャンピォンフラッグを掴み取った。そしてクライマックスでも下克上を起こす隙さえ無い戦いでセリーグを完全制覇。
ソフトバンクとの日本シリーズで落合ドラゴンズは敗れ去った。自分にとっては最高だった。「落合嫌い」を自分でも感じ取った。「中日嫌い」ではどうやらなさそうだ。


「選手が動けてるからいいんじゃない?」負けても、このような彼のコメントに腹を立てていた。
自分も薄々、承知はしていた。確かにペナントで1試合負けても、totalで最高の結果を残せば良いのが監督業。歴代を見ても、優勝チームの最高勝率は7割前半。2割後半は負けているのだ。
しかし、これを露骨にコメントとして残す彼に腹を立てていた。見ている立場(ファン)はあくまで「娯楽」である。熱狂的な立場であっても、世間から見たらあくまで「娯楽」なのだ。
このような彼のコメントは「娯楽」にはふさわしくない。そうは思っても。現実として、やっているほうは「仕事」である。結果を残してナンボの世界だ。


感じた。スポーツ(プロ)は「娯楽」であっても、実際には「仕事」と「娯楽」から成り立っていると、改めて。
この対照的な言葉、本来は、共存していくのが難しいのが当たり前だ。
これが、今日まで成立している。
思う。これには「ノンフィクション」「純粋」という要素が詰まっているということを。
時に、スポーツは感動をもたらす。
去年、なでしこジャパンが優勝した。そして、影法師に存在していた女子サッカーの影は消えた。
多くの人々は感動したはずだ。そして、まさかという感じで。
それまで女子サッカーは影であったから、日本の優勝を予想する人などいなかったであろう。
ドラマのような展開だった。「ノンフィクション」の。


このように、まさかという感情が強ければ強いほど、感動は大きくなる。
また、政治のようなたくらみ、情勢などはスポーツには存在しないのではないか。だとしたら、「純粋」だ。
そして、換言すれば「娯楽」だから、政治のようにニュースや新聞でも多くは取り上げられない。だから本質も読み取りにくい。
「仕事」であっても「ノンフィクション」「純粋」で「娯楽」として成立する。


もちろん、あくまで一個人の考えであり、定かではない。しかし、「スポーツの魔力」を落合博満氏の腹立ちのコメントから感じた。


しかし、落合博満氏が横浜deNAの監督姿を見てみたい。ストーブの温もりと共に感じた。