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古いものを見直そう

2015-03-01 09:39:18 | 日記
本日は雨だ。外へ出かけたくない。昨日はNHKで料理研究家の辰巳さんと華道の職人さん(名前は忘れた)の対話を見た。辰巳さんは90歳だが、矍鑠としたものがある。稲が日本人のいのちであり田園風景は何とも穏やかな気持ちにさせてくれる。稲が風にそよいでいる所や、稲にトンボが寄り添う姿をどうやら見ることを忘れてしまったらしい。そんなものは今の競争社会ではあってなきの如く。辰巳さんは「日本には四季があるから、一つ事を考えようとすると、すぐに景色が変わるので、じっくり長く考えられない習性になっているのではないか」と言う。俳句や短歌などの一瞬の感動を伝えるのはうまいが、思想や論理を作るのは苦手なのもそんなところに原因があるのかもしれない。
 さて、次に田中泰直氏の『日本近代の起源』という本を読んだ。
 
 伊勢神宮は二十年に一度建て直す。柱の根っこが必ず腐り、二十年たつともう駄目になるように、建てられている。
 永久建築物をつくらない思想を祖先は持っていた。すべての建築物は仮住まい風で、二十年もてばいいという発想だった。地震、津波などの災害列島の中で生きる知恵だった。破壊されれば、立て直せばいいと。鴨長明が茅屋を好み、我々の古典になっているのも、そのあたりに原因がありそうだと言う。
 電気製品なども三年ぐらいたつとどこか故障ができるように作られているようだ。一生ものと言われるのが少なくなってきている。買い替えが当たり前で、リフレッシュとか乗換えとか平気で宣伝する時代だ。まさに古いものを持つ事は悪である時代風潮である。なぜ、こんなに新しいものに日本人は飛びついてしまうのか。
 果たして、インターネットをして、精神が進歩したかどうか。落着きなさを誘発するし、圧倒的に馬鹿になってしまったのではないか。本屋で長時間立ち読みしている人はほんの少数になってきている。新刊書と言われるものは十年前、二十年前のベストセラーを再刊しているのが実情で、本当に読みたい本を書いている人は実に少数になってきているのではないか。
 これからの知的生活を送るには少し反時代的生活をする必要があるのではないか。あれもこれも持つ要求よりもできるだけ持たない工夫をする。たらふく食べるより少食にするなど。それでこそ自分だけの時間を独り占めできるのではないか。持てば持つほどあくせくし、時間に追われ結局何も出来なかったことになる。この世にはかなりの時間泥棒がいる。電車でも少し油断をすると、広告を見てしまい、ほしくない物を買ったりするように出来ている。その予防手段として、朝起きた時に今日の予定を立てることが大事のようだ。