ぼくたちと同じようにきみたちも夜になると
花をとじてねむりにつくんだね。
「きみたちはどんな夢を見るの?」
「知りたい?」
「うん。」
「わたしたちは夢は見ないの」
「じゃあなにをしてるの?」
「においやミツを作っているのよ」
「なんのために?」
「鳥さんや虫さんたちをさそうためよ」
「あっ、じゅふんてこと?」
「せいかい(笑)!ずいぶんむつかしい
言葉を知っているのね」
「へへぇ、小西先生が理科の授業で
教えてくれたのを思い出したんだ」
「学校で私たちのことを勉強してくれているの?」
「そうだよ。」
「ステキ!じゃあ私たちの言葉も?」
「えっ、きみたちも会話するの?」
「ぷっ、おかしい!いまわたしと
あなたがしてるのは、なに?」
「・・・会話」
「でしょ?私たちも言葉をもってるわ。
人間とも話せるのよ。ただし、
その気になればだけどね」
「ぼくがいま話せているのは
きみがその気になっているから?」
「そうよ。うれしい?」
「まあまあかな」
「なによ、それ!やめるわよ、会話」
「うそ、うそ。すっごくふしぎで・・・」
「すっごくふしぎで・・・なに?」
「か、か、か、かんどう的!」
「よろしい!自分の気持ちにもっと
すなおになってね、はずかしがり屋さん」
「で、きみたちは仲間どうしでどんな会話を?」
「天気のこととか、土のじょうたいのこと、
風向きのこと、それとかぶの値動き」
「・・・えっ、植物業界も株、やるの?」
「そうよ。私たちだってお金もうけ
したいわ・・・って、じょうだんよ。
ホントは私たちもあなたたちのように
おさんぽしたいって思うことがたまにあるわ。
歩けたらどんなにいいだろうって」
「歩いて海を見に行くとか?」
「えっ、ちょっと待って!うみ"?
うみってなに?どんなところ?」
「あー、そうか。きみはまだ海を
知らないんだね。見てみたい?」
「えぇ、ぜひとも見てみたいわ。
でもダメね。わたし動けないもの」
「待って。ぼくにいい考えがある」
「いたいっ!」
「あっ!ごめん。スコップで根を切っちゃった?」
「ええ、少し切れたかも。
でもだいじょうぶよ。がまんできるわ」
「じゃあうつすよ」
「キャーーーーー~~~!!!!」
「よくそんな大きな声が出るね」
「だって・・いま世界がゆれたわよ」
「あはは、ゆれたのはきみの方だよ。
よし、これで準備オーケー!
これから歩いて海に向かうよ。
バケツに入れて運ぶからちょっと
きゅうくつかも知れないけどがまんしてね」
「世界がゆれるのを感じるのってとってもスリリングよね」
「でも見上げれば青い空が見えるでしょ」
「・・・あお・・・」
「そう、青い空!それとぼくの顔も見えるでしょ、ほら」
「ん~、なかなか興味深いわね」
「どんなところが?」
「わたしたちとまったくちがうから。
人間には目や口、それに耳があるんでしょ。
わたしにはそういう器官(きかん)がないわ」
「だけどちゃんと話ができてる」
「えぇ。それはね、心の耳で聞いて
心の目で見て心の口でお話ししているからよ」
「じゃあこれから見る海は心の目で見るってこと?」
「そうよ」
「じゃあ、ぼくのヘアスタイルがどんなふうか、
ぼくのはながぺしゃんこかどうかなんて
わからないってこと?」
「えぇ。でも・・・じょうずに説明できないけど
あなたを感じることならできる」
「見えなくたって感じられる・・・
ごめん、よくわからないよ」
「いま、あなたとわたしは会話をしているわね?」
「うん」
「口を動かして声を出してる?」
「あっ、出してない!えっ、ぼく、
どうやって会話しているんだろう」
「それはねぇ、心の中でお話しているからよ」
「えー、すっごくふしぎ」
「ということはぼくが心の中で思っていることとかって、
全部きみに伝わっちゃうの?」
「それはちがうわ。
心の中には金庫があって伝えたくないことや
伝わってしまうとまずいことは
その金庫の中に自動的に入ってしまうの」
「ふぅ~!」
「なによ、その”ふぅ~!”って」
「いやいや、なんでもないよ」
「もしも伝えたくないことが
相手に伝わってしまったら
こわくてだれともお話ができないものね。
相手に伝えたくないことは金庫の中。
そこがテレパシーのいいところよ」
「えっ、テレパシーってあの有名なテレパシー?」
「そうよ。あなたってときどきヘンな言い方をするわね。
あっ、いま少し空気が変わったわ。
もしかして”うみ”が近づいたのかしら?」
「うん、もうすぐ着くよ。
あっ、大変!土がかわき始めてる。
植木ばちにうつした時に
水をあげておけばよかった。まだ平気?」
「少しほししいかも知れない。
でもまだがまんできるわ。
・・・わっ、わっ、わっ!
地面がゆれ始めたわ。どうしたの?」
「いま砂浜を歩いているせいで
足を砂に取られてバケツがゆれちゃうんだ。
もう少しだからがまんしてね」
「・・・わかったわ」
「よし、この辺でいいかな。バケツからきみを出すよ。
ジャーン!どう?」
「・・・・・・・ぅわー!
なに、なに?えーっ!どうなってるの?
これがうみのにおい?初めてよ、こんな風も。
水が動いてる音も感じるわ」
「水が動いて・・・あぁ、波の音だよ。
風が海をゆらしているのさ」
「なんだかとってもステキ!
目で見ることができなくたって
ものすごく大きいってわかるわ。
このうみの先には何があるの?」
「どこまでもまっ直ぐ行くとアメリカ」
「まぁ!わたしの母国よ」
「きみはアメリカで生まれたの?」
「ふふーん、わたしは日本生まれ。
だけどルーツはアメリカよ」
「じゃあタネが風に乗ってやって来たの?」
「まさか!“ふね”という乗り物で
・・・・運ばれて・・・・きたらし・・・」
「どうしたの?・・・あっ!大変。
茎(くき)がおじぎしだしてる。水・・・」
「海風公園に水道があってよかったよ」
「ご心配をおかけしました!
ねぇ、もう少しここにいていい?」
「もちろんだよ。そのためにここまで来たんだもの」
「やさしいのね、クウヤ君」
「えっ、なんでぼくの名前を?」
「お母さまがそう呼んでいらしたもの」
「きみの名前は?」
「・・・ないわ」
「ない?」
「そう」
「じゃあ、ぼくが今つけてあげるよ」
「ホント?ワクワクするわね」
「ん~、メロディ」
「決まり!ステキな名前をありがとう。
でも、なんでメロディ?」
「茎と花がメトロノームみたいに見えて
風にゆられていろんな歌が聞こえてきそう」
「メトロ・・・」
「正確なリズムをきざむきかいだよ。
はりが左右にゆれながらタ、タ、タ、タって」
「ふーん、ひょっとしてクウヤ君ってロマンチスト?
美しすぎてわたしにはもったいない名前だわ」
「そんなことないって。
ほら、ごらんよ。あれが船だよ・・・
って見えないんだったね、ごめん」
「何度も言ってるでしょ?感じることはできるって」
「どんなふうに感じるんだい?」
「うみの風にまざって知らない国のにおいがするの。
かすかに”ふね”が走る音も聞こえる」
「きみはすごいさいのうを持っているんだね」
「えっへん!わたしには名前があるのよ。
ちゃんと名前で呼んでちょうだい!」
「あっ、ごめん、メロディ」
「わたしたちは空は見えなくても
雨がふりそうかどうかは風でわかるの。
だれが近づいて来るかは気配で感じられるし、
クウヤ君が夕はんになにを食べたか、
なにがいちばん好きか全部知ってる」
「ぼくのいちばん好きなもの?」
「シシャモ!当たってる?」
「大当たり。メロディの好きなものも知ってるよ」
「えっ、わたしの?」
「ちっそ、リンさん、カリ。それに太陽の光と水」
「勉強のせいかが出てるわね。
でもそれは人間でいうンビタミンやカルシウムと同じで
必要ふかけつなものであって好きなものとはちがう。
私のいちばん好きなものは
理科の教科書にはのってないと思うわ。
さぁ、当ててみて?」
「んー、むつしいなぁ。なんだろう」
「ギブ?」
「うん、こうさん」
「ふふーん、それじゃ教えてあげる。クウヤ君が歌う歌よ」
「歌?ぼくの?」
「そうよ。ヒメシャラの木の後ろの
すかしたまどからよーく聞こえていた。
聞こえていたというより
感じていたと言った方が正しいわね。
♪ぼくの背中は自分が思うより正直かい?♪
って、あれ、なんていう歌?」
「あぁ、あれは”どんなときも”っていう歌。
メロディ、ぼくがおふろで歌ってたの、
聞こえちゃってたんだ。まいったなぁ。
オンチだし、なんかすっごくはずかしい」
「わたしにはオンチかどうかなんでわからない。
クウヤ君のすき通った声を感じるだけ」
「テレパシーで聞こえるってわけ?」
「うん。あの歌がひびいてくると
土の中からあたたかさが伝わってくるの。
勇気がわいてくるような気持ちになれるわ」
「メロディ、きみも心がおれそうな時ってある?」
「もちろん!それは人間も私たちも同じ。
雨続きで太陽に会えない時、がい虫におそわれた時、
きれいな花を咲かせてもだれにも見てもらえない時。
これがいちばんこたえるわ」
「じゃあ今度がい虫におそわれたらそばで歌ってあげようか」
「クウヤ君!そういう時に必要なのは歌じゃない。
がい虫をやっつけるお薬よ」
「だよね~。からかっちゃった。ゴメン。
いま、いっしょに歌ってみる?」
「いいわ」
♪・・・どんなときも どんなときも
まよいさがし続ける日々が
答えになること ぼくは知ってるから・・・♪
「ステキな時間。わたし、今日のことは
ずっと忘れないと思う」
「ぼくもだよ。だけど今日のこと、
だれかに話してもだれも信じないだろうなあ。
メロディといっしょに海に行って歌を歌ったなんてさ」
「だれにも話さなくたっていいじゃない。
わたしたちだけが知っているだけでじゅうぶんよ」
「そうだね。メロディ、またここ、来たい?」
「ええ。でもこれからわたしたちは
この真夏にじゅふん期に入ってしまうわ。
タネを作る準備をしなければならないの」
「タネを作り終わったら?」
「わたしたちトルコキキョウは一年草なの。
タネができたら世代交代のバトンタッチを
することになるわ」
「一年草?秋おそくにはかれちゃうってこと?」
「ざんねんだけどそうなの。
でもわたしの体の一部がタネになって
来年の春にはまた芽を出すから
わたしはもう一度赤ちゃんからやり直しよ」
「赤ちゃんになったメロディはぼくをおぼえてる?」
「さぁどうかしら。クウヤ君があの歌を歌って
茎がゆれたらそれはわたしかも知れない」
「メロディ・・・」
「なに?」
「ぼくは必ずきみを見つけ出すから。
歌って歌ってきみを見つけ出したら
また美しい花を咲かせてよ。
そしたらいっしょに海に行こう」
「そしていっしょに歌を歌うのね?」
(おしまい)