フィクションのことがTwitterで
誰かが呟いていたのだけど、
フィクションというのは、
ある一種の現実逃避だと思う
自分がいる。
ある人に「あなたは現実から逃げてる」
って強烈な皮肉を言われて、
あまりにもショックだったので、
そこから生き方を変えて頑張ったけど、
結局、自分のよさは消えたような
気がしてる。
何か、モノを作ってる人の現実逃避って
案外、理想や夢を育てるのに必要だし
そこから新しいものや糸口や
新しい考えが生まれるのかもしれない
と、たった何行かのツイートで
滅茶苦茶考えた。
人間を否定しすぎてもいけないことも
何となくわかった。
豊かな感情や世界は、
否定しすぎた所には生まれないんだね。
むしろ、生命力のあるところで
生まれるとは限らないのかもしれない。
遊びの中で生まれるとしても、
今は労力があまりなくても
生まれる遊びがあるだろうし、
ある意味、バランスが取れてるのなら、
本来の手法と違う、
ある意味はみ出した所がある遊びが
豊かな世界や新しい発想が
生まれやすいのかもしれない。
日本は、何かと枠に嵌めたがる文化が
根強いけどね。
でも、本当に面白くて豊かなものは
多分、その枠の中も外側も
豊かなものにしていけるのかも
しれないね。
影響された人が少ないか多いか
それだけの話で、
初音ミクの初期みたいに
雑多で無秩序に見えるものが
そのコミュニティだけでなく、
色々な人やものに
陰ながらとてつもない影響を
与えていく世界になってゆくのかもね。
そう思った次第であります。