素粒子学の基本はピクトグラムどころではない、点だw
解析学や幾何学で言うトコロの数学的厳密な意味の点、すなわち大きさは無い、そうですのや。その点にスピンや電荷などの性質が宿るという奇跡、それを信じてたのが素粒子論の過去ですがな、そう。それは可笑しいと感じた湯川先生は、点では無くてマル、いわゆる❝湯川のマル❞にそれを置き換えることを提案された、そうどした。
今日ここでワシは湯川のマルの効用について話をするw
それもとっておきの秘密の効用、ちょっとやそっとでは他では聞けない秘密の効用について、そうですのや。フェルミオンが一寸でも体積を持っていたら、ヒッグス粒子に対する反応が変わりますのや、そうでっせ。フェルミオンが体積を持たない数学的厳密な点であればヒッグス粒子との反応でスピンが反転するが、もしフェルミオンが湯川のマルであるならば反転しない、ほんとうでっせ。
こんなことを言ってるのは今のところワシだけ、そうw
詳しいことは省くが、カイラリティ―の破れはスピン反転現象の顛末では無く、光速度で飛ぶ粒子が遅くなって逆巻きの性質が混ざりだすコトによって起こるのだよ、そうですねん。それが質量機構だという下りはワシも理解デキておらないから、ま、悪しからずという締まりのない話、あちゃー。
で「重力はヒッグス粒子に働くんじゃね」とか、ね?
なにやら妙ちきりんなアイデアを持っておるのだが、まあ、そこから先を理論にデキるほどの天才で無し、天は二物ならぬ二つの理論を与えないというか、オソマツ。アイデアだけでは物理学と言わないコトにしようと提案したのはパウリだが、それでイイですよ、そこ、ワシにはユニバーサルフロンティア理論が有るもんね、そう。