白琥・白龍

捜猫記~八ヶ岳 海ノ口自然郷で猫を捜した1ヶ月~からはじまるブログ、
猫と絵と、そのほかと。

2.猫を捜す1 立ちわかれ いなばのやまの峰に生(お)ふる

2011年09月25日 | 捜猫記
最初は、甘くみていました。
「ちょっと、遊びにいっちゃって、怒らないで、おかあしゃん、えへへ…(^^♪」
と彼が帰ってくると思っていたのです。

もちろんその一晩は(2011年8月12日の夜)、ほとんど眠れませんでした。
起きては呼び、呼んではうとうとし

0時半ごろ(標高1800近いうちのまわりでは、0時半はもう完全な深夜なのです)
遠くの、上のほうから、にゃー、にゃー、にゃーというかすかな猫の声がきこえてきたのです。
はっ!と飛び起き外に出て、大きな声でまた呼びました。
でも、いつものビャコたんの甘えるような声ではなく
よその猫の声かなあと思って、
外に探しに出るまでではないかなあ、と思ってしまったのです。

あとで思うと、
12日金曜はお盆休みの金曜日、夜中じゅう、下から車が上がってきていました。
都会は暑い日が続き、また節電の夏、
ことしはとくに夏の入荘率が多く
11日から数日のあいだ、なんとはじめて別荘地の上のほうで断水したほどでした。

そのひきもきらず道をあがってくる車に
いそいそと出た彼は思いもかけず
どんどんこわくて上に追いたてられていってしまい、
そのとき、もう場所がわからなくなっていたのかもしれません。

そのうち声はやみ、わたしもまた、部屋にもどりうとうととしました。

その後もう猫の声はしませんでした。

そしてまた起きては呼び、またすこし寝る。

でも朝、ご飯の時間になっても戻らない。



それから、毎日、夜の10時過ぎに月明かりのなかの別荘地を呼んで歩き
暁どき、日の昇るまえに起きて呼びました。

「たぶん、しばらくは昼間はどこかにじっと身を潜めて隠れてるから、
猫は暗くなってから動くから、夜になったら呼んでみて」と
仲よしの東京のおとなりさんの美人バレリーナちゃんが
メールで教えてくださったからです。


でも、なんの気配も、なんの声もせず、
首の鈴の音のちりんもころんもなんにも聞こえません。


ダンナと父は、近隣の家をまわり、自分の家ももちろん
あちこちの縁の下をみてまわってくれました。
両親で近所じゅうに、捜索願いをしてくれ、
「ご近所と、ちょっと散歩で顔があうというのではなくてちゃんと知り合いになったよ」
と父は笑って言ってくれました。


いつもわたしと娘の体をみてくれている先生であり、友人であるYKちゃんからは
「悪い想像やイメージを口にしないで
そして白虎が無事に帰って喜ぶイメージを持ち続けて」と 。



ずっと好きで見ていたHNKの朝の連ドラの「ゲゲゲの女房」に
質屋に出す大切なお着物に戻ってくるようにとおまじないの和歌をはさんだら
それはじつは猫が帰ってくるおまじないだった!という話があったのを思い出し
スケッチブックの紙を一枚やぶって筆ペンで書いて貼りました。

わたしが書いたのは「瀬を早み、岩にせかるる滝川の」という崇徳上皇の歌で
「別れても末に逢はんとぞ思ふ」という下の句でした。
ふつかほどたって、ネットで調べてみたところ、あらら、わたし歌間違ってました(~_~;
正しいのは(「ゲゲゲの女房」に出てきたのも)
在原業平(ありわらのなりひら)卿の

「立ちわかれ 因幡の山の峰に生ふる 待つとしきかば 今 かへりこむ」
(赴任で因幡に行くことになり、別れ別れになってしまったが、その因幡の山の峰にある松=待つ、といっているときくならば、いま、帰ってきてください(T_T))
という歌でした。

全部を玄関の戸の内側に書く、とか
上の句を猫の茶碗の下におき、帰ってきたら下の句を書き添えて燃やす、とか。

両方やりました。




近所の方たちもみなさんが
気にしてくださっていて、ありがたいです。


17日木曜日。ダンナと帰るはずでしたが
ダンナだけ帰ってもらって、わたしは娘と残りました。
その晩、東京は27度から気温が下がらぬ熱帯夜(ひえーーー)
その酷暑をまぬがれたのはビャコたんのおかげでしたが…


そして19日金曜日。

一週間たちました。

白虎を見た人もいないし、家のまわりに気配もありません。
明日20日には、娘の予定の都合でどうしても帰京しなくてはなりません。

夕方から、
いつものうちの2にゃんのご飯の時間の夜7時すぎかけて
別荘地のなかを呼んで歩きました。
とっぷり暮れても戻らないで、母が「道に迷ってない?」とケイタイに電話をくれました。

それから、9時すぎからまた周りを30分くらい、まわりました。

ここのところずっとよい月夜で、月影が文字通り清か(さやか)でしたが
この最後の夜は月が雲にかくれていて、歩いていて
やっぱりちょっとこわかった。

最後の明け方は、
日の昇るまえから日が昇るまでの、いつもうちの猫たちが遊んで走り回る時間帯に
40分くらい歩きました。
晴れていれば空がだんだん明るくなりさまざまな色が満ち溢れ
朝のオーケストラ山の小鳥隊が目覚めて啼き始める心楽しい時間帯なのに
この朝の、お天気も気持ちも雨降り。

そして朝8時、残っている相方の白龍が「ごはんにゃー」ってなくので
いっしょにおなかが空くのではと、
そのときにも呼びました。


かえっておいでーーーー

「びゃっこーーーー!かえってきてーーーー」
娘はもう時間がないと、おこったように呼ぶ。
おこらないでやって。
あの、シッポをたてて、うきうきと出ていくうれしそうな後ろ姿が何度も目に浮かびます。

ふしぎ(というか、なんというか(~_~;)…)なのは
ひとり残った相方の白龍です。

心配して鳴いてくれれば、その声で白虎が帰ってこないか…と思うのに
相変わらず昼間は「コワイコワイ」とベッドのお布団のなか。
人が部屋に入ると後ずさりして、反対側から落ちるほどのボケっぷり。

そして、朝「ビャコたーーーーーん」と、お茶碗をかんかーーん!と打ち合わせる私の耳に
「にゃーーーーん♪」と嬉しげに返事をするのは
部屋の中のハクちゃん(~_~)

でも、彼が泰然としているのは、相方が無事だから…と思いたい。



そして、帰京の日がやってきました。






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1.家出 8月12日金曜日 月夜の晩に。

2011年09月25日 | 捜猫記
八ヶ岳高原海の口自然郷は、八ヶ岳連峰の東山麓、赤岳の中腹にある
標高1500メートルの八ヶ岳高原ロッジを中心とする、約200万坪の広大な別荘地です。
自然ゆたかでひじょうに美しい場所です。

ブリティッシュなテイスト、というのでしょうか。
造られていなところが良しとされている自然環境で

夜がほんとうに暗く、星がたくさん、たくさん大きく見え
作庭される方もおいでですが、
大半のおうちは
高山の草花が、
からまつやこなら、だけかんばや、ななかまどなどの下に生い茂る、
ターシャのイングリッシュシュガーデンのようにしておいでです。

ここには八ヶ岳高原の自然に魅せられた方々が、毎年春から秋まで
とくに夏の都会の暑さを避けてやってきます。

わたしの祖母もそんなひとりでした。
祖父亡きあと
母の兄弟姉妹と祖母、わたしの父と一緒に信州じゅうをめぐったふた夏を経て
祖母が一番好きになったこの地に家を建てました。
ですからわたしは、小学生の頃から、祖母やおじ、おば、両親とここで夏の何日かを過ごしてきて、
そしてわたしの娘も1歳のときから、夏に、春に、秋にとここで過ごしてきました。
ここが大好きだった祖母が亡くなったあとも…



ことしの夏は、1歳3ヶ月の猫の兄弟を連れていきました。

昨年の秋、近隣の地域猫ボランティアさんの手で
環境のよくない場所からレスキューされてきた兄弟です。
保護され、去勢手術とワクチンをうけたあと、「もしよかったら」とうちにやってきて、
うちのコになりました。

助け合ってきたらしく、すごく仲のよい兄弟で
白龍と白虎という名前にしました。

「人になれていないから、こわがって家のどこかに入り込んでしまうと、みつからなくなるから」と
猫ボランティアさんがケージ(おり)を貸してくださって、
まずはそこからはじめました。
暑い暑い残暑だったのに、羽二重もちみたいにくっついて、コワイコワイで、
目つきがわるくって、がりがりでおなかばっかりおおきくて、
どっかのお稲荷さんのきつねさんみたいでした。

これは、羽二重餅!こんなんでした、ホント↓




それが昨年の9月。10月、11月と、すこしずつ、すこしずつなついてくれて
やがてケージもいらなくなり
家猫修行もだいたい完成。
なんと、ふこふこで、まっしろの家猫になりました。

白龍はそれでもかなりのビクビクさん。
白虎は、とってもフレンドリーでなつこい子で、
わたしたちに好き好き、って、お顔をごっつんごっつんしてくれたり、
冬はしょっちゅうお布団にきていっしょに寝ていました。


その、なつこいビャコ(白虎)たんが、家出。




別荘地には毎夏、猫を連れてくるおうちもけっこうおいでのようです。
外飼いするおうちもけっこうあります。

おとなりさんは、もう歯もないシニア猫ちゃんのタンタン氏を
毎年ひと夏連れておいでです。
タンタンは、飼い主さんが亡くなってしまっておとなりのすみこさんにひきとられたときは
カリカリしか食べないシティボーイだったそうですが、
山に来るたびに、
首輪の鈴をちりんころんと勇ましく鳴らしては
うちの先までをなわばりに歩き、
山のかわいい、小さい、きれいなねずみ(あかねずみとか、ひめねずみとか、森に住むねずみ)をとっては、おかあちゃまに持って行く、
八ヶ岳ライフを毎年満喫しています。


ことしは仲良しのIZAさまのお宅でも
おじょうさまが拾ってきたばかりのきれいな子猫ちゃんのむーちゃんを連れていらして
すぐにお庭にお出しになったそうで、
むーちゃんはすぐに山のおうちになじんで、じょうずに車の下をよけながら、おうちのまわりで楽しそうにしていました。

「だからだいじょうぶ、猫は意外に賢いから」と言われていたのですが
決心がつかず、山に家についてから
一部屋に3、4日ほど閉じ込めていました。
一応、逃げないように柵もつくっていました。

うちは、ちょっと変わったつくりの家で
各部屋のドアが野外とダイレクトなのです。




2011年8月12日、満月の二日まえの夜でした。
きれいな月影(月あかり)でした。
どこか遠くの上のほうで、ふくろうが「ほうほう、ごろすけほうほう」と鳴いていました。
わたしはあまりここでふくろうの声を聴いたことがなくて
なんだか不思議な夜だなあと思っていました。


用事があってあけたドア、気をつけていたはずなのに
振り向いたら、目をきらきらさせていたビャコたんが
するりと出ていくところでした。

あっ、
と叫んで部屋を出ると
月明かりの夜のなかに、ビャコたんがうきうきと、カギのシッポをたてて、
でていくうしろ姿

相方のハクちゃん(白龍)は、目をまんまるにしていましたが
コワイコワイのコなので、ちょっとビクビクしている間に、兄たん(どっちか兄だかわからないので、両方兄たんとよんでいる)は出て行ってしまい、
彼ひとりが残りました。





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