瑞原唯子のひとりごと

「遠くの光に踵を上げて」第54話 小さなライバル

「なんだったんだよ、今日の試験」
 ジークは思いきり疲れた声をあげながら、手を伸ばし机に突っ伏した。隣にやってきたリックは乾いた笑いを張りつけている。
「うん、やたら難しかったよね」
「一応、全部埋めたけど、合っている自信はないわ」
 アンジェリカもめずらしく不安そうだった。三人はそろってため息をついた。
「ラウルのやつ、難しい問題で俺たちが苦しむのを見て、憂さ晴らしでもしてんじゃねぇか?」
 ジークは体を起こし、ほおづえをついた。口をとがらせ、眉をひそめ、不愉快感をあらわにしている。
「まさか」
 笑いながらリックはそう答えたが、強く否定することは出来なかった。いつもだったら真っ先に反論するはずのアンジェリカは、口を閉ざしたままだ。頭の中で試験問題のことを考えているらしく、ジークたちの会話はうわの空だった。
「帰るか!」
 ジークは嫌な気持ちを払拭するかのように声を張り上げ、勢いよく立ち上がった。鞄をつかんで肩に引っ掛けると、戸口に向かって歩き出した。リックもそのあとに続く。
「あ、待って」
 我にかえったアンジェリカが、後ろからふたりを呼び止めた。
「ルナちゃんのところへ行かない?」
 振り返ったふたりに、小首を傾げながら尋ねた。しかし、ジークの反応はつれないものだった。
「この時間じゃ、まだラウルのところにはいないだろ」
「だからお母さんたちのところに行くの。ちゃんと許可ももらったし」
 アンジェリカは、うきうきした笑顔を見せた。それでもジークの反応は鈍かった。
 リックは少し考えたあと、はっとして口を開いた。
「それってまさか、王妃様のところ……ってこと?」
「そう。大丈夫よ、話は通しておいてくれるって」
「でも、僕たちが行ってもいいのかなぁ」
「気にしなくてもいいわよ」
 アンジェリカは事も無げにさらりと言った。しかし、リックは笑いながら顔をこわばらせていた。名門ラグランジェ家のアンジェリカと違って、ただの一般民間人の自分が王妃様の部屋に行くなんて、本当に許されるのだろうか。そのことだけが心配だった。しかし、よく考えてみると、王妃様も元一般民間人である。もしかしたら、だから、そのあたりのことには寛大なのかもしれない。リックは必死の理由づけをして、そう思うことにした。
「俺、パス」
 一生懸命に考えを巡らせていたリックの隣で、ジークはあっさりと断った。あからさまに気がのっていない声だ。アンジェリカはむっとして口をとがらせた。
「どうしてよ」
「あしたも試験があるだろ。そんなことしてる場合じゃねぇよ」
 彼が本当にそう思っているかどうかはわからない。だが、少なくともアンジェリカには言いわけじみた理由に聞こえた。彼女はますます不機嫌になっていった。ほほを限界までふくらませる。しかし、それ以上、強く誘うことはしなかった。
「……まあいいけど。行きましょう、リック」
「そうだね」
 リックがにっこり笑うと、アンジェリカもつられて笑顔になった。ふたり並んで廊下へと出ていく。振り返りもせずに遠ざかる後ろ姿を、ジークはじっと見つめていた。
「……待て。やっぱり俺も行く」
 ジークはふたりに駆け寄り、無理やり間に割って入った。
「もうっ! ジーク、ちょっと変よ」
 彼に弾かれたアンジェリカは、眉をひそめ、彼を睨みつけた。
「気が変わったんだよ」
 ジークはあさっての方向を見たまま、ぶっきらぼうに言い返した。

…続きは「遠くの光に踵を上げて」でご覧ください。

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