ラウルがいつものように授業の終わりを宣言すると、レイチェルはすぐに机の上を片付け始めた。そそくさと教本を本棚に収め、筆記具を引き出しにしまい、机に手をついて軽やかに立ち上がる。
「行きましょう」
そう言うと、ふわりとドレスを揺らして振り向き、ニコッと無邪気な笑みを浮かべた。
しかし、ラウルは椅子に座ったまま動こうとしなかった。自分の教本を片付けようともせず、ゆっくりと腕を組んでうつむく。
「どうしたの?」
「話がある。座れ」
レイチェルは不思議そうな顔をしていたが、命じられるまま素直に腰を下ろした。机ではなくラウルの方を向き、行儀良く膝の上に両手をのせて、大きな瞳でじっとラウルを見つめながら次の言葉を待っている。
ラウルは深く息をしてから口を開いた。
「今後、もうおまえを私の部屋には入れない」
「……どうして?」
レイチェルは大きく目を見張ったが、それでも冷静を保って理由を尋ねた。
「どうしてもだ」
ラウルは答えにならない答えで突き放す。
これは彼なりのけじめである。
残りの三ヶ月、出来ることなら彼女とともに過ごしたかった。だが、同じ過ちを繰り返さないためにはこうするしかない。一度外れた箍は、完全には元通りにならないのだ。もう自分を抑える自信はないのである。
「今までのように一緒にお茶を飲むだけでいいのに」
「駄目だ」
寂しそうに呟くレイチェルを、ラウルは冷淡に一蹴した。そうしなければ、せっかくの決意が揺らいでしまいそうだった。しかし、それは自分の不甲斐なさを彼女に押しつけていることに他ならない。申し訳なく思う気持ちが胸を締めつける。
しかし、当然ながら、レイチェルはそんなラウルの心情を知るはずもなかった。拒絶されている理由すらわからないのだろう。蒼の瞳が不安そうに揺らぐ。そこには微かな怯えも見て取れた。だが、すぐにそれを隠すように目を伏せると、遠慮がちに小さな口を開く。
「私、気にしていないから……」
ラウルはその意味がわからず、怪訝に眉をひそめて彼女を見た。
「誰かの代わりだったとしても、私は気にしていないから」
レイチェルはそう言い直して、どこか寂しそうに小さく微笑むと、さらに淡々と言葉を重ねていく。
「本当は私のことを好きになってほしかったけれど、ラウルが救われるのならそれでいい。役に立てるだけで嬉しいの。だから、ラウルが罪悪感なんて感じることはないわ」
――こいつ、まさか今までずっと……!
ラウルは砕けんばかりに強く奥歯を噛みしめた。彼にしてみればもう終わったことである。それにもかかわらず、今さらこんなことを言い出され、まるで不意打ちを食らったような気分だった。
確かに、三年前のあのときに指摘されたことは事実である。
レイチェルを通して別の少女を見ていた。守るべき役目を負っていながら、守ることができなかった少女を――。彼女は自分にとって、幼い頃から大切に育ててきた、いわば娘のような存在である。レイチェルに対する思いも、当初はそれと似たものだったかもしれない。だが、今ではもう別のものに変わっているのだ。
ラウルが我を忘れるほど渇望したのはレイチェルただ一人である。
心も体もすべてを手に入れたいと思ったのは彼女が初めてである。
誰かの代わりであるはずがないのだ。
知ってほしくないことは敏感に感じ取るくせに、察してほしいことは何も気づいてくれない。それが故意でないことは理解している。それでもどうにも納得がいかず、抑えようのない怒りが胸に湧き上がる。
「おまえは……」
眉をしかめて低い声で文句を言いかけたそのとき、ふとある考えが頭に浮かんだ。
このことを利用すれば、レイチェルを確実に諦めさせることができる。彼女ならそれで身を引くはずだ。少なからず嫌な思いをさせてしまうことは間違いないが……いや、いっそこれで愛想を尽かしてくれるのならば、その方が都合がいいのかもしれない。
ラウルはしばらく難しい顔で逡巡していたが、やがて意を決すると、真剣な眼差しでまっすぐに彼女を見つめ、躊躇うことなく決然と言う。
「おまえでは、あいつの代わりにはなれない」
…続きは「ピンクローズ - Pink Rose -」でご覧ください。
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